通訳同伴アスリートに思うこと 英語ネーティブになる必要はないが「伝えようとする気持ち」が大切だ
四谷にうまい支那そば屋がある。
久々に行くと、最終オーダーが7時半になり朝がゆを始めていた。勝鬨橋の立ち飲み屋の2代目は、いまは午後1時に開店し6時には閉めるそうだ。
「若い人、来ないから」
1時には若い人も来るのだから経済問題ではないだろう。時代が変わったんですと2代目はサラリと言い、「そうだな」とうなずいた顔は引きつっていたかも知れない。スポーツも同じ時代にある。
女子ゴルフのメジャー大会「AIG全英オープン」で桑木志帆が優勝した。昨年の山下美夢有に続く日本選手の連覇で、渋野日向子も勝ったことがある。「全英」は和製呼称で男子の「ジ・オープン」とは違う。女子スポーツの歴史は浅く、人気はなかった。いまはギャラリーも増え、女子ゴルフや女子サッカーの新しい時代を日本や韓国のアジア勢が引っ張っている。問題は言葉だ。
スポーツは肉体表現で言語は二義的。かつてウィンブルドンの表彰式に優勝スピーチはなかった。プロ化が進んで観客との交流が求められ、いまは勝者が英語で胸の内を語るようになった。日本選手はスピーチが苦手で桑木もそうらしい。通訳付きチャンピオンは日本人だけだろう。


















