語り部の経営者たち
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自立の 川崎孝介代表(2)高校を辞めても応援してくれた母に「会社を3カ月で退社する」と告げると…
知育おもちゃを定期的にレンタル、回収するサブスク事業「ChaChaCha」で成長するスタートアップ企業の「自立の」。代表の川崎孝介氏は2011年、自動車整備士の資格を取る専門学校を卒業。千葉県の自動…
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自立の 川崎孝介代表(1)知育おもちゃのサブスクから障害者の“自立支援”まで
小さな子どもの健やかな成長に欠かせない、知育おもちゃ。一方でどんどん数が増えてしまい、家が片付かなくなる厄介者でもある。そこで年齢に応じた知育おもちゃを定期的にレンタルし、不要になったら返送してもら…
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オズールジャパン 楡木祥子社長(4)義肢を通した子どもの福祉がライフワーク
現在、楡木が力を注いでいるのは、利用者それぞれに必要な機能を持つ義肢の普及だ。 筋電義手などオズールの製品は高機能だが、高価格でもある。 日本は欧米に比べると障害者福祉がまだ十分とは…
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オズールジャパン 楡木祥子社長(3)義肢装具士の資格と語学力を武器に
1993年、楡木は大学卒業とともに、建築設計会社に入社する。病院や老人ホームなどの設計チームに配属された。 ある日、仕事先のリハビリテーションセンターで、見慣れない部屋が目に留まった。 …
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オズールジャパン 楡木祥子社長(2)中1で米国ホームステイ、高2から英国留学「自分の人生が決まった」
オズールジャパンは、世界的な義肢装具パーツメーカー「オズール」(本社・アイスランド)の日本法人だ。 楡木は母の影響で、英語と深く関わりながら育った。1歳の時、母が自宅で子ども向けの英語教室を…
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オズールジャパン 楡木祥子社長(1)世界的な義肢装具パーツメーカーの日本法人
オズールジャパンは、世界第2位の義肢装具パーツメーカー「オズール」の日本法人だ。 2020年、楡木はオズールジャパンの設立とともに、社長に就任した。 本社は、北極圏にある島国・アイス…
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ドキュサイン 竹内賢佑社長(4)日本の「ハンコ社会」を米本社に繰り返し説明
米アドビ、米セールスフォース、米データブリックス──と転職し、実績を積み重ねた竹内賢佑は2022年7月、ドキュサイン・ジャパンの社長に抜擢された。 ドキュサインは電子署名サービスでは世界18…
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ドキュサイン 竹内賢佑社長(3)アメリカの大手企業2社を経験 日本式に変えるのに一苦労
電子署名で世界トップシェアを握る米ドキュサイン。その日本法人「ドキュサイン・ジャパン」社長の竹内賢佑は2011年、米・州立マサチューセッツ大学アマースト校でMBAを取得すると、制作編集ソフトで世界ト…
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ドキュサイン 竹内賢佑社長(2)ミュージシャンの夢は破れ、25歳の時800万円の借金
電子署名では世界でトップシェアを持つドキュサイン。その日本法人「ドキュサイン・ジャパン」社長の竹内賢佑は、波乱の人生を歩んできた。 米国の名門、アメリカン大学を卒業すると、日本の大手企業の就…
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ドキュサイン 竹内賢佑社長(1)小4の時、親の転勤で…シドニーで暮らし人生が変わる
電子署名で世界トップのドキュサイン。2016年から日本に進出し、デジタル化の流れにも乗って急成長している。 2022年7月からドキュサイン・ジャパンの陣頭指揮を執っているのが竹内賢佑だ。 …
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ティーケーピー 河野貴輝社長(8)TKPの使命は日本のもったいない資源や空間を再生すること
創業時に「Takateru Kawano Partners」の頭文字を取って名付けられた「TKP」の社名は、実は成長にともなって「Tokyo Kashi Place」「Team Kakumei wi…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(7)コロナ禍で三度目の危機 …ジッと動かない“冬眠”を決断
東日本大震災の危機から脱却したTKPは、ホテル再生事業と並行して、上海やニューヨークなど、かねて進めていた海外にも進出。2017年には現在の東証グロースに上場し、05年の創業初月50万円からスタート…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(6)東日本大震災で再び危機に直面
リーマン・ショックを乗り切り、売り上げも月商6億円にまで伸ばしたTKP。しかし、そこに再び危機が訪れた。2011年3月11日の東日本大震災の影響で、またしても5億円のキャンセルが生じてしまったのだ。…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(5)リーマン・ショックでキャンセルが殺到 「倒産」が脳裏をよぎる
東京・港区六本木のビルを借りた河野貴輝氏は、部屋にテーブルとイスを置き、50人収容の会議室として1時間5000円で貸し出しを始めた。1人あたり1時間100円で空いている空間をシェアリングするという発…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(4)六本木の一等地で取り壊しが決まっている古いビルを発見
大手総合商社を辞めての起業は両親をはじめ反対の声もあった。しかし、河野貴輝氏は「時代の潮流に乗らなければ飛躍できない」と、元長銀の松尾泰一氏とネット銀行の設立に奔走する。こうして2001年、イーバン…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(3) ネット証券の立ち上げに参加して「成功のカギはインターネット」と確信
河野貴輝氏が入社後の1999年、4000億円の不良債権が生じた伊藤忠商事は、経営改革に伴ってインターネット事業に力を入れる方針を打ち出した。99年10月の株式取引手数料の自由化に合わせて、ネット証券…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(2)伊藤忠の為替証券部で好きな株式取引にどっぷり漬かる
弁護士を目指して受験勉強をしていた河野貴輝氏だが国公立大法学部に絞った現役受験は失敗。浪人して1992年に入学したのは慶応義塾大学商学部だ。 「法学部がだめだったら弁護士は諦めようと私大も受け…
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ティーケーピー 河野貴輝社長(1)貸し会議室で急成長「物を持たない商売」の原点
都会の駅前などで見かける赤地に白文字で描かれた「TKP」のロゴマーク。会議室・宴会場などを運営する貸会議室業大手「株式会社ティーケーピー」(以下TKP)のロゴだ。同社の代表取締役社長・河野貴輝氏は、…
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ワンダーテーブル 秋元巳智雄社長(4)32歳の時に「次は社長になる」と決めた
ワンダーテーブル社長の秋元巳智雄は1997年、富士汽船(現ワンダーテーブル)に入社、2002年32歳の時、取締役営業部長に就いた。秋元は「次は社長になる」と決めていたという。 そうした自覚も…
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ワンダーテーブル 秋元巳智雄社長(3)成功の方程式は「ニッチトップ戦略」
ワンダーテーブルが東京・恵比寿にオープンした「ピーター・ルーガー・ステーキハウス東京」は、3カ月先まで予約でいっぱいになるほどの人気店だ。ディナーなら客単価2万5000円である。それでも客足は途絶え…
