五木寛之 流されゆく日々
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連載12326回 変る世界、変らぬ日常 <5>
(昨日のつづき) このところ1年から2年ほど前に刊行された時事的な本を読み返している。それぞれに当時の情勢下で、「この先どうなる」という予測を語ったたぐいの本だ。 先日、私は佐藤優さんとの対談…
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連載12325回 変る世界、変らぬ日常 <4>
(昨日のつづき) このところ、まったく耳にしなくなった昔の言葉の一つに、<かがる>というのがある。 辞書を引いてみると、ちゃんとのっているからエライものだ。 <かがる(縢る) 糸をからげるよ…
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連載12324回 変る世界、変らぬ日常 <3>
(昨日のつづき) いま世界が音を立てて変りつつある。 アメリカのデモクラシーといい、ロシア、中国の社会主義といい、ヨーロッパ文化の沈滞といい、アラブ、アジア世界の不安定といい、ラテン・アメリカ…
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連載12323回 変る世界、変らぬ日常 <2>
(昨日のつづき) いまでも、どうしても辞書を引かなければ書けない漢字が沢山ある。 その中の一つが<そば>だ。<蕎麦>という字をどうしても憶えることができない。 私は幼年時代を外地ですごした…
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連載12322回 変る世界、変らぬ日常 <1>
イヌといっしょで、毎日1回、街を歩かずにはいられない。 外出するのは簡単だ。黒のタートルネックのセーターに茶のブレザー、濃茶のズボン、そしてスウェードのスリップオン。 この数年ほど、その恰好…
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連載12321回 本をめぐる雑話 <5>
(昨日のつづき) 私の本の中で「小さくて、薄っぺらな本」ということで考えてみると、サイズ的には2022年に東京書籍から出た『歎異抄手帳』だろう。 それこそポケットサイズの薄い本だ。 <私訳 …
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連載12320回 本をめぐる雑話 <4>
(昨日のつづき) 私の最初の作品集が出たのは、1967年初頭である。『さらばモスクワ愚連隊』という物騒な題の本だった。(講談社刊) その年には4冊の単行本が出た。 『蒼ざめた馬を見よ』(同年…
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連載12319回 本をめぐる雑話 <3>
(昨日のつづき) 今日は雨。 迎えにきたスタッフとともに赤坂のTBSへ。 かつて二十数年にわたって『五木寛之の夜』という深夜ラジオ番組をやっていた頃のことを思い出して感慨あり。 きょう…
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連載12318回 本をめぐる雑話 <2>
(昨日のつづき) 私が九州から上京したのは1952年の春である。昭和27年だ。 当時は文庫本の一冊ぐらいはポケットに差し込んで歩くのが文学部の学生の見栄だった。できればシャキッと新しい文庫本の…
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連載12317回 本をめぐる雑話 <1>
私が『大河の一滴』という文章を書いたのは、30年ちかく昔のことだった。 たぶん私が60代前半ぐらいの頃だったと思う。 中国の屈原という人物のエピソードに触発されて、短い文章を書いたのだが、次…
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連載12316回 放埒のブルース <5>
(昨日のつづき) もうどのくらい昔のことになるのだろうか。 かつて『燃える秋』という小説を書いたことがあった。 角川書店から函入りの本が出たことを憶えている。当時も、すでに函ケース入りの単…
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連載12315回 放埒のブルース <4>
(昨日のつづき) つい何日か前に、<あとがき>だったか<まえがき>だったかを渡したと思ったら、もう書店に本が並んだらしい。最近の世の中は、万事おそろしくスピーディーである。 『一寸先は闇』という…
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連載12314回 放埒のブルース <3>
(昨日のつづき) 平凡社から刊行中の『五木寛之傑作対談集』の最終刊(Ⅲ)の<あとがき>を書く。 全3巻のなかでも今回の第3部が最も面白いかもしれない。などと書くと先行のⅠ、Ⅱ巻に失礼な気もする…
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連載12313回 放埒のブルース <2>
(昨日のつづき) 時代の先を読む、というのは難しいことだ。世の中というのは、常に私たちの予想を裏切る展開を見せるものだからである。 私の予想というか、予感は、ほとんど的中しない。考え過ぎという…
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連載12312回 放埒のブルース <1>
先週末は金沢にいってきた。 地元の<テレビ金沢>で私が長年、やってきた『新金沢百景』という番組が50回を迎えたので、その記念の催しのためである。 会場は駅に近いアートホール。 こぢんまり…
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連載12311回 体とのつきあい方 <4>
(昨日のつづき) 若いだけに変な声を出したりはしないが、すこぶる御満悦の表情。英語で何か言うのを横から仲間が通訳。 「スッキリしました、ありがとう、と言っています」 「もう、これで終りにしてく…
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連載12310回 体とのつきあい方 <3>
(昨日のつづき) 「外国には按摩ってのはないのかね」 「マッサージなら本場ですよ」 「でも按摩とマッサージはちがう。日本式の按摩は、肩こりにはきくんだよ」 「イツキさんは按摩の心得があるんです…
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連載12309回 体とのつきあい方 <2>
(昨日のつづき) 前にもこのコラムで書いたことだが、私は末端主義者である。そんな理論は聞いたことがないと笑われる事を承知で、私は末端主義を主張してきた。 <末端主義>とは何か。 それは、中心…
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連載12308回 体とのつきあい方 <1>
自分の体について、私は若い頃から常に関心を抱いてきた。 その理由の一つは、私が子供の頃から必ずしも丈夫でなかったことにある。 「この子は腺病質で」 と、母は私を人に紹介するとき必ずそうつけ…
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連載12307回 放埒の時代にこそ <5>
(昨日のつづき) クルド族の動きが注目されている。 クルド人はトルコ、イラン、イラクに多く居住する独自の民族だ。本来、遊牧民であるが、定住し各地に居住する集団も多い。 独自の民族意識を持ち…
