五木寛之 流されゆく日々
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連載12447回 「鏡花文学賞」の52年 <5>
(昨日のつづき) 最初の頃の選考委員の一人が三浦哲郎さんである。 彼は学生の頃からすでに新人作家として知られていた。 校内ですれちがったりすると、文学部の連中は、 「あれ、三浦哲郎だよな…
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連載12446回 「鏡花文学賞」の52年 <4>
(昨日のつづき) 時代は変る。 40年も昔の鏡花賞の選考委員会とは、ずいぶん雰囲気が変ったのは当然だ。 初期の頃は、まず選考委員のメンバーに酒呑みが大勢いた。 もちろん今も、選考を終え…
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連載12445回 「鏡花文学賞」の52年 <3>
(昨日のつづき) <鏡花文学賞の52年>などと懐旧談にふけっているうちに、今夜は<54年目の>鏡花文学賞が決まった。 いま、選考会場から帰ってきたばかりである。今回からは新選考委員に京極夏彦氏を…
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連載12444回 「鏡花文学賞」の52年 <2>
(昨日のつづき) 鏡花賞、第1回目からの受賞者一覧である。 ◇第1回(昭和48年/1973)半村良『産霊山秘録』森内俊雄『翔ぶ影』 ◇第2回(昭和49年/1974)中井英夫『悪夢の骨牌』 ◇…
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連載12443回 「鏡花文学賞」の52年 <1>
先週は読書に明け暮れた1週間だった。 読書といっても仕事のための読書である。 これまでいくつもの文学賞の選考の席につらなってきたが、後期高齢者がいつまでも新人発掘の現場にウロウロしているわけ…
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連載12442回 私の独断的養生論 <5>
(昨日のつづき) 体験というのは、自分ひとりのものである。 それがどれほど貴重な、良心的なものであっても、自分個人のものでしかない。 さまざまな体験談、手記のたぐいを読んで、感動というか、…
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連載12441回 私の独断的養生論 <4>
(昨日のつづき) 近代の歴史は、つねに半島に起因する、というのは、私のひそかな思いこみである。 バルカン半島、インドシナ半島、イベリア半島、そして朝鮮半島。 半島は本島の附属地ではない。戦…
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連載12440回 私の独断的養生論 <3>
(昨日のつづき) 健康記事の流行はあいかわらずだ。 月刊誌、週刊誌をとわず、テレビでも連日、健康記事が氾濫している。 まともな健康記事には、エビデンスが必要だ。証拠がきちんとしていなければ…
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連載12439回 私の独断的養生論 <2>
(昨日のつづき) <継続は力なり> という有名な格言がある。誰もが一度や二度、お目にかかった文句だろう。 私も、その通りだと思う。 しかし、実際に「これはいい」と思っても、なかなか継続す…
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連載12438回 私の独断的養生論 <1>
今週中に94歳になる。 ずいぶん長く生きたものだ。 しかし、自分が長く生きた実感がないのは、どういうことだろう。 世界には、いろんな大国がある。軍事大国もあれば、経済大国もある。わが国は…
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連載12437回 新しい楢山の夢 <2>
(昨日のつづき) 昭和初期生まれのスーパー老人が、数人、集って喫茶店で雑談した。 80歳以上の知り合いばかりで、90代は私のほかに一人いるだけだ。 「オレの老後の計画はだな」 と、90を…
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連載12436回 新しい楢山の夢 <1>
あと数日で94歳になる。 「おめでとう」 と言われても「いや、いや、お恥かしい」などと手を振るくらいで、めでたい、という実感はない。昔は、 「いたずらに馬齢を重ねて」と応じたものだった。 …
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連載12435回 90代、未知との遭遇 <5>
(昨日のつづき) 歳をとると、明日のことではなく、過去のことを考えるものらしい。 何十年も昔の羽仁五郎さんのことをながながと書いたのも、当時のことが昨日のことのように思い出されるからだ。 …
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連載12434回 90代、未知との遭遇 <4>
(昨日のつづき) 羽仁五郎さんとの対談には<続篇>がある。 口舌の大立ち回りを終えて、私が憮然として帰ろうとしたら、羽仁さんから声がかかった。 「イツキ君、この後、時間あるかね」 「ええ。…
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連載12433回 90代、未知との遭遇 <3>
(昨日のつづき) むかし、まだ駆けだしの新人作家の頃、「週刊現代」で対談をした。 50年くらい昔のことだと思うが、週刊誌の全盛時代だ。 お相手が羽仁五郎さん。 明治生まれの歴史学者で、…
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連載12432回 90代、未知との遭遇 <2>
(昨日のつづき) 「オレはボケてなんかいない」 と、強弁する人は、すでにボケはじめている人だ。 ボケているからこそ、自分がボケていることに気付かないのである。 頭脳がおとろえるのは、当然…
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連載12431回 90代、未知との遭遇 <1>
私は今月末には94歳になる。 誕生日は昭和7年9月30日。 奇しくも故・石原慎太郎さんと、生年月日が同じだ。 同年同日生まれということで文藝春秋誌上で対談をしたことがあるが、話がはずんで…
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連載12430回 戦時昭和用語辞典 <5>
(昨日のつづき) 教練。 国民学校(小学校)も上級になると<教練>の時間があった。 退役だか現役だか知らないが、ともかく年配の将校らしき軍人が指導教官としてやってくる。 その軍人の指揮…
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連載12429回 戦時昭和用語辞典 ─戦闘帽と巻脚絆─ <4>
(昨日のつづき) 戦時中は英語は敬遠された。 とはいうものの、外国語は結構たくさん使われている。 エンジン、プロペラ、キャタピラー、など機械用語が多い。プロペラなど、日本語に変えたら一体、…
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連載12428回 戦時昭和用語辞典 ─防空頭巾と防空壕─ <3>
(昨日のつづき) 戦中昭和の用語といえば、まず防空頭巾と防空壕だろう。 私が小学校に入学した昭和10年代初期までは、1年生は学帽をかぶり、ランドセルを背負っていた。 頭は、いわゆる「坊ちゃ…
