保阪正康 日本史縦横無尽
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(53)近衛の気力をそいだゾルゲ事件での仲間への追及
第3次近衛文麿内閣時代、表では東條英機らの抗戦派との政策調整上の対立抗争という図式があった。しかし裏では別の抗争があって、特高組織、憲兵の潜行捜査による近衛周辺のブレーンたちへの追及という構図があっ…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(52)近衛の闘う意欲をそいだ昭和史の意外な断片
近衛が、根拠のない強硬論(「石油がないから戦争だ」との軍事の側の声)に次第に屈服していくのは、前回語ったように持病の悪化もあった。そのほかにいまだ語られざる事実もあった。そのことについてもただしてお…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(51)秘書の細川護貞が私に語った近衛文麿の持病
近衛文麿首相が首脳会談を最終的に諦めたのはいつだったのか。そして近衛自身の当時(昭和16年8月、9月、そして10月)の心情はいかなるものだったのか。その点を吟味しておく必要があるやに思える。この心情…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(50)近衛はテロに備えて井上日召を用心棒とした
もし近衛文麿とルーズベルトの首脳会談が行われていたなら、昭和の歴史も大きく変わったはずであった。しかしこの会談は、これまで説明したように日本とアメリカ側の双方に反対する勢力が強く、会談は幻に終わるこ…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(49)児玉誉士夫が証言した近衛首相爆殺計画
近衛首相とルーズベルト大統領の首脳会談は、昭和16(1941)年8月、9月のある時期までは、近衛も実現可能と期待を膨らませていた。東條陸相は消極的賛成という立場であった。ある時期までは陸海軍の責任者…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(48)わずか2カ月余だが戦争回避、平和解決の可能性があった
陸軍首脳が強硬に戦争政策を主張し、第3次近衛文麿内閣での近衛の立場を次第に追い込んでいくときに、一時的に外交交渉に力点を置く時期があった。わかりやすくいうならば、日米首脳が膝突き合わせて会談を行う可…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(47)開戦が遅れれば石油が持たないと迫った陸軍省
陸軍省、海軍省を代表した2人の物資動員計画の責任者は大本営政府連絡会議でどういう証言をしたか。まずそのことを確認していこう。 陸軍省の山田清一は、石油の備蓄量がいくらあるかといった論を退け、…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(46)企画院総裁、鈴木貞一氏が語った石油備蓄量を巡る議論
太平洋戦争の開戦時、企画院総裁だった鈴木貞一は、陸海軍の石油備蓄量についてどのように発言したか。晩年に住んでいた故郷の千葉県芝山町の自宅に取材を試みたのは、昭和の終わり頃で、鈴木はすでに90代に入っ…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(45)「石油がない」データを揃えられなかった鈴木貞一・企画院総裁の怒り
戦争政策の白紙還元を目指す東條英機内閣は、石油の備蓄量についてどのような議論をしたのか、そこがポイントになる。陸軍省の幕僚は商社や石油会社を回り、輸入の動きをチェックし、圧力をかけて歩いていた。その…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(44)本当の備蓄量は米国の戦略爆撃調査団の報告書にしかない
太平洋戦争の開戦時、アメリカの戦略爆撃調査団による日本の石油の備蓄量は、前回紹介したように683万キロリットルであった。爆撃調査団の報告書には、「(この備蓄量の最大部分は海軍の燃料油345万キロリッ…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(43)石油各社の社史にも本当の備蓄量の数字はなかった
出光興産だけではなく、三菱商事、三井物産などの大手商社も巧みに日本に石油の輸入を増やそうと躍起になっていた。対日禁輸を受けたにせよ、どんな形であれ石油の輸入は絶やすわけにはいかないとの使命感のもと、…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(42)本当に当時、石油備蓄量は足りていなかったのであろうか
石油の備蓄量がないから、あるいは日本の軍事力はアメリカによる対日石油の全面禁輸で、せいぜい1年ほどしか余裕はない、との声は、最終的に太平洋戦争の引き金になったと結論づけられている。果たして本当か。実…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(41)南進論を唱えて商社を威嚇した中佐Mは飛ばされた
アメリカによる対日石油全面禁輸という処置には、すぐにイギリスやオランダも同調した。ここに「ABCD包囲陣」が確立することになった。昭和16(1941)年7月の終わりである。予想外の処置に海軍の主流派…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(40)陸軍のMは商社を回り、威圧をかけて歩いた
そのMという中佐を取材したいと、知り合いの軍人に頼んだら、昭和50年代に入る頃には亡くなっていると教えられた。その中佐の名はそれほど知られているわけではないのだが、開戦前の一時期、陸軍の抗戦派を代表…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(39)「日本は石油がないから開戦した」は真っ赤なウソ
これまで私(保阪)が、昭和史の取材を通じて聞き出した史実を改めて「保阪メモ」として整理している。百や二百の項目はすぐに挙がるのだが、その一つ一つについて紹介していくこのシリーズ、今後はより重要度、注…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(38)伊藤昌哉さんに聞いた昭和史の隠れた一面
鳩山一郎のいう4条件か、それとも吉田茂のいう3条件か、ここで触れておきたいのは、本人同士の言い争いのように見えて、本質はもっと大きな意味を含んでいるということだ。私がそのことに気がついたのは、新聞記…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(37)3条件か4条件か、鳩山邦夫の答えは明快だった
私は今も鳩山邦夫のことを鮮明に覚えている。それは、たまたま私の話を聞くというので、そのときに拙稿が掲載されていた月刊「文芸春秋」を持ってきていて、それを熟読していたからである。加えて拙稿のコピーに朱…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(36)吉田茂の3条件について麻生家はどう答えたか
吉田家では3条件で伝わっているのか、私は麻生和子の三男の泰に聞いてみたことがある。 しかし彼は実業の世界で生きているので、こうした政界の対立にはさして関心は持っていなかった。私の取材メモによ…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(35)吉田茂の三女、麻生和子さんにも4条件の真相について聞いてみた
鳩山一郎のいう4条件か、それとも吉田茂のいう3条件か、それだけでは一部の政治史の書に書いているのと変わりはない。それが吉田一族にどう伝わっているか、あるいは鳩山家にはどうなのか、その確認をしたいと私…
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シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(34)「パージが解けたら君(鳩山)がやれ」という最後の項目はあったのか
まず鳩山一郎も、吉田茂も2人の会談で3項目までは共通なのである。鳩山の回顧録が明確に書いている。その3項目とはこうだ。 「自由党の人事に吉田は口を出さない(ただし吉田内閣の閣僚人事に鳩山は干渉…
