十二の眼
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(35)ひとつだけ指紋が採れた
「あなたがタイミングを狂わせたことで、踏み込んだ際に捜査員に思わぬ危険が降りかかる恐れがありました。以後あのような場合は、わたしの指示を待ってください」 林檎は思い出した。 玄関の扉の…
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(34)愉快犯の線が濃くなったのか
地元警察署にも応援を要請し、アパートの前に黄色い規制線が張られた。一〇三号室の狭い部屋のなかは、鑑識係が詰めている。 庄子を含めた捜査員たちは、アパートの前にある駐車場で待機した。 …
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(33)どうやら配信しているようです
胸に赤バッジを付けた捜査員が、 「……この野郎」 と呟きながら壁に貼られたスマートフォンに近づく。いまにもそれを壁から引き剥がしそうだった。 目の前に着き、睨むように画面を覗き…
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(32)画面に殺害直前の矢島紗矢の姿
トタンの玄関のノブに手をかけると、鍵が閉められていた。 「……どうしますか」 赤バッジをつけた捜査一課の若手刑事が、堂前に確認を取る。 と、堂前がなにかを言いかけるより先に、庄…
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(31)玄関横の小窓に明かり
林檎はひとり、宿直室を出た。 特別捜査本部をちらと覗くと、地取り班が話し合っている。庄子の姿も、堂前の姿もなかった。 二係の部屋を見る。 庄子が着替えることなく、いつもの緩め…
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(30)なんの為に働いているのか
二年前、ある殺人事件の容疑者を逮捕した。その時ナイフをむける男を数名の刑事と制服警察官と囲み睨み合いとなった。常軌を逸した犯人が突進し制服警察官が倒され、「刺股」と呼ばれる、柄が三メートルほどあり、…
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(29)警察、辞めようかなって
夜九時。東都テレビから矢島紗矢と同期の三名のアナウンサーが、麻布署へやって来る。 堂前を中心に話を訊いたが、アナウンス部専任部長が言っていた通り、矢島紗矢はあまり飲み会にも参加せず、積極的に…
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(28)夕刊紙に打たれた大きな見出し
特別捜査本部で東都テレビの記者会見を映すテレビを観ながら、林檎が庄子にスマートフォンを見せた。投稿サイト、Xの画面だった。 〈矢島紗矢、昨日死んでたのかよ〉 〈なのに隠してたのか〉 …
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(27)4×3に見覚えがある方はいませんか
「それを言えば女性アナウンサーは大なり小なり、皆そういう被害にあっています。SNSには毎日、罵詈雑言の投稿も飛び交いますから。とにかく男性アナウンサー然り、なにかストーカー行為や直接被害があった場合は…
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(26)なんでジャズなんかが好きなんだ
「堂前さん、なんでジャズなんかが好きなんだよ」 庄子の意外な質問に、林檎も興味を持ったように躰を前に出した。 「事件捜査と、おなじだからです」 「事件とおなじ?」 「わたしが…
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(25)あいつ…BM乗ってるぞ
「林檎。見てみろよ、あいつ……BM乗ってるぞ」 「……あれは警察の車両じゃないですね」 「あたりめえだよ。警察がBMを捜査車両に使うかよ。それに見てみろ。あのイヤホン、警察無線じゃねえぞ。…
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(24)なぜ最初に所轄に通報したのか
庄子は挙手をした。 「どうした、庄子」 立ち上がり、確認をする。 「通報者は麻布署のリモコンに最初に連絡、というのは間違いないんですよね」 「そうだ」 「すみません。…
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(23)矢島紗矢の口中から薬物反応
特別捜査会議は驚くほどしずかに進んだ。それだけ全捜査員が、緊張している証だった。庄子は林檎を間に挟み、堂前と三人で机に座った。まず驚いたのは、被害者である矢島紗矢の遺体から、薬物反応が出たことだった…
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(22)サンキュー ハンサムボーイ
と──後ろから「Excuseme」と声をかけられた。五十代くらいの、アメリカ系外国人女性がふたり、立っている。すると金髪を肩までおろした女性が、スマートフォンを差し出してくる。AIによる自動翻訳機の…
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(21)晴天の築地に東京湾の匂い
男は東京メトロ日比谷線「築地駅」一番出口を上がると、左に曲がって歩いた。 早朝、午前五時過ぎ。晴天の青空に交じるように、海の匂いが漂った。東京湾の匂いだ。男は大都市の排気ガスや生活に交じった…
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(20)通報者は20代から30代の男性か
「六本木ヒルズの居住者も調べたほうがいいです。彼女が自宅からタクシーを使わず電車を利用したということは、目的地をタクシー運転手に知られたくなかった可能性もあります。もし彼女の警戒心が強ければ、自宅にマ…
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(19)林檎が帳場の沈黙の空気を破る
「テレビ太陽の女性アナウンサーが自宅からひとりで出てきて、出社のため駅へとむかって歩いている写真です」 「……アナウンサー?」 「矢島紗矢とおなじくテレビ太陽の看板女性アナウンサーです。局…
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(18)いつの間にか署に記者たちが集結
駆け込んだ特別捜査本部は、戦場のように電話が鳴り響いていた。テーブルの上に置かれた何台もの固定電話は、それぞれの線が千切れるのではと思うほど伸び、捜査員たちの耳に受話器があてられる。その捜査員たちが…
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(17)テレビ局にも届いた声明文
夜は過ぎていく。庄子は二係のソファーに背を預け、目を開けていた。林檎は捜査員が休息をとる道場ではなく、女性警察官専用の宿直部屋で躰を休めているはずだ。堂前はどこにいるか、わからない。先ほど特捜本部が…
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(16)堂前汐音──気に食わない男だ
改めて堂前汐音、庄子敬之、一之瀬林檎で名刺を交換する。三人が担当する「鑑取り」とは、事件の被害者、並びに被疑者の人間関係を洗う捜査だ。まさに事件解決の重要な肝となる。林檎は、 「まず矢島紗矢が…