十二の眼
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(25)あいつ…BM乗ってるぞ
「林檎。見てみろよ、あいつ……BM乗ってるぞ」 「……あれは警察の車両じゃないですね」 「あたりめえだよ。警察がBMを捜査車両に使うかよ。それに見てみろ。あのイヤホン、警察無線じゃねえぞ。…
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(24)なぜ最初に所轄に通報したのか
庄子は挙手をした。 「どうした、庄子」 立ち上がり、確認をする。 「通報者は麻布署のリモコンに最初に連絡、というのは間違いないんですよね」 「そうだ」 「すみません。…
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(23)矢島紗矢の口中から薬物反応
特別捜査会議は驚くほどしずかに進んだ。それだけ全捜査員が、緊張している証だった。庄子は林檎を間に挟み、堂前と三人で机に座った。まず驚いたのは、被害者である矢島紗矢の遺体から、薬物反応が出たことだった…
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(22)サンキュー ハンサムボーイ
と──後ろから「Excuseme」と声をかけられた。五十代くらいの、アメリカ系外国人女性がふたり、立っている。すると金髪を肩までおろした女性が、スマートフォンを差し出してくる。AIによる自動翻訳機の…
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(21)晴天の築地に東京湾の匂い
男は東京メトロ日比谷線「築地駅」一番出口を上がると、左に曲がって歩いた。 早朝、午前五時過ぎ。晴天の青空に交じるように、海の匂いが漂った。東京湾の匂いだ。男は大都市の排気ガスや生活に交じった…
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(20)通報者は20代から30代の男性か
「六本木ヒルズの居住者も調べたほうがいいです。彼女が自宅からタクシーを使わず電車を利用したということは、目的地をタクシー運転手に知られたくなかった可能性もあります。もし彼女の警戒心が強ければ、自宅にマ…
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(19)林檎が帳場の沈黙の空気を破る
「テレビ太陽の女性アナウンサーが自宅からひとりで出てきて、出社のため駅へとむかって歩いている写真です」 「……アナウンサー?」 「矢島紗矢とおなじくテレビ太陽の看板女性アナウンサーです。局…
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(18)いつの間にか署に記者たちが集結
駆け込んだ特別捜査本部は、戦場のように電話が鳴り響いていた。テーブルの上に置かれた何台もの固定電話は、それぞれの線が千切れるのではと思うほど伸び、捜査員たちの耳に受話器があてられる。その捜査員たちが…
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(17)テレビ局にも届いた声明文
夜は過ぎていく。庄子は二係のソファーに背を預け、目を開けていた。林檎は捜査員が休息をとる道場ではなく、女性警察官専用の宿直部屋で躰を休めているはずだ。堂前はどこにいるか、わからない。先ほど特捜本部が…
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(16)堂前汐音──気に食わない男だ
改めて堂前汐音、庄子敬之、一之瀬林檎で名刺を交換する。三人が担当する「鑑取り」とは、事件の被害者、並びに被疑者の人間関係を洗う捜査だ。まさに事件解決の重要な肝となる。林檎は、 「まず矢島紗矢が…
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(15)一之瀬を組にもらえないでしょうか
庄子は眉根を寄せた。警視庁は「女性警察官と男性警察官を捜査上、区別しない」と謳ってはいるが、実際はそうではない。現代に倣った振りをして女性警察官の採用を増やしたが、それでもまだ少ない。はっきり言えば…
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(14)大会議室に総勢百名の検察官
昼過ぎ。麻布署大会議室に総勢百名の警察官が集まる。前方の長テーブルには、管理官、警視庁刑事部長、副本部長、事件主任官、広報担当官──陣頭指揮を執る面々が顔を連ねている。掛け声のまま起立と礼をし、「六…
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(13)<え~、矢島アナ欠席~>
「おはようございます。六月六日木曜日、今日も元気に参りましょう。『今日も一日、EVERY・GOOD!』」 オープニング曲に乗り、男性アナが少しだけ顔を真顔に戻す。 「今日は矢島アナは体調…
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(12)闘いの前の最後の一本
庄子は、いつもの六本木通りに面する人のいないガードレールの茂みに立ち、ポケットから煙草を取った。早朝五時が近づいた街の空は青く染まりはじめ、酔客たちの代わりに勤め人たちが行き交いはじめる。署では先ほ…
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(11)窓の向こうに虚構の街
「林檎、あんた出かけてんの!?」 とにかく声がおおきい。林檎の母である一之瀬和江、五十二歳だ。林檎は通話ボリュームを最小にした。 「そうそう。事件。いま署だから」 「あんた起きたら…
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(10)投稿の写真はどれも地味目
至極自然に考えれば、男だろう。 あの遺体が着ていた衣服を見ても、そう思う。先ほど矢島紗矢のインスタグラムを見たが、彼女が投稿するプライベートの自撮り写真はどれも、地味目のファストファッション…
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(9)部屋はすでに刑事で溢れ
「矢島紗矢さんの住まれている目黒は、ご実家ですか?」 「いえ、一人暮らしなはずです。彼女の生まれは岡山ですから」 「失礼ですが、ご実家は資産家でらっしゃいますか?」 「いや、そういう…
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(8)誰かが遺体を見た可能性も
「本来であればいますぐにでも殺人事件も視野に入れて、遺体発見を広報から発表させます。ですが被害者が著名人です。すこし慎重にことを進めて、明日の夕方あたりでいかがでしょうか」 「……明日か」プロデ…
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(7)記者が卑屈な笑みを浮かべる
「おまえ」 「庄子さんの顔もあるから、うまく書きますよ。それに──いい記事になりゃ、褒美も渡します」 卑屈な笑みを浮かべ、渡部は階段を下っていった。 「大丈夫ですか。誰ですか、あの…
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(6)でかいヤマになるぞ、林檎
庄子は人がいない車道側のガードレールの茂みに立ち、ポケットから白いマルボロを出す。携帯灰皿を開け、煙草に火を灯す。違反なのはわかっている。が、こんな実態のないまやかしの街で煙草を吸ったからなんだとい…