語り部の経営者たち
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マッチングワールド 町田博社長<2>吃音のハンディがあったが、営業本部長まで出世
創業社長の町田博が率いるマッチングワールド社は、余剰在庫を売りたい企業と買いたい企業を結びつける「M―マッチングシステム」を提供している。現在、ゲームやオモチャを中心に約37万アイテムを扱い、売り手…
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マッチングワールド 町田博社長<1>在庫解消の画期的システムを開発
スマホでクリックすれば、何でも物が買える時代。しかし、その商品がどこから来て、どこへ売られていくか、完全に理解している消費者は少ないだろう。一般的にはメーカーから1次問屋、2次問屋を経て、ECサイト…
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アサヒグループHD 勝木敦志社長<4>NZで「つかまされた…」が泣き寝入りせず
「総合酒類化の次は、国際化でした。日本の生産人口は減っているため、急がなければならなかった」 M&A(企業の合併・買収)の対象は、国内企業よりも海外企業に重点が置かれていく。 天津に本…
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アサヒグループHD 勝木敦志社長<3>アサヒビールへの出向に不安「何をやらされるんだろう」
「俺たちは終わったな」 「アサヒでは、何をやらされるのだろう……」 2001年3月末、東京・港区の場末のバー。勝木は4人の同僚と悲しい水割りを飲んでいた。どんなに濃くしても、押し寄せる明…
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アサヒグループHD 勝木敦志社長<2>平日に営業、土日に内勤…すべてが仕事でした
1984年、ニッカウヰスキーに入社して最初に配属されたのは、本社の経理部財務課。資金繰りのための銀行との折衝にはじまり、手形や小切手を扱う。 「経理に配属されたのは入社試験の成績がよかったから…
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アサヒグループHD 勝木敦志社長<1>高3で麻雀ざんまい、2浪して青学大へ
父親は室蘭工業大学で物理学を教える教授、母親は岩見沢市内で酒屋を切り盛りしていた。このため、父親は40年近く室蘭に単身赴任していたそうだ。また、4つ年上の兄がいた。 小学6年生の秋、盲腸が破…
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バンタン 石川広己顧問<7>重要な局面にある時ほど意思決定を早くして行動に移す
1965年の創立以来、ファッションからゲーム、動画制作まで、幅広い分野で次世代のクリエーターを育成する実践スクールを運営してきたバンタン。業界の一線で活躍するプロが講師を務め、高卒資格も取得できる高…
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バンタン 石川広己顧問<6>「創り上げたものを一度捨てよ」スケール事業を離れる
バンタンは1965年の創設時から、10代の若者や20代の社会人などを対象に次世代のクリエーターを育成する実践スクールを展開している。ファッション業界では84年にブランドを立ち上げた白浜利司子氏や、7…
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バンタン 石川広己顧問<5>パティシエ養成に着手 分からないことがあればやってみる
ファッションから動画制作まで幅広い分野で、次世代のクリエーター育成のための実践スクールを運営するバンタン。その多角化への転機となったのは、1991年にゲームの実践スクールをいち早くスタートさせたこと…
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バンタン 石川広己顧問<4>ファッションブームが去りゲーム業界に着目
バンタンは「世界で一番、社会に近いスクールを創る」を目標に掲げ、今年で創立56年を迎えている。今では次世代のクリエーターを育成する実践スクールとしてファッションをはじめ幅広い分野をカバーしているが、…
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バンタン 石川広己顧問<3>「世の中の当たり前を壊す」創業者・菊池織部との出会い
1965年、バンタンデザイン研究所は恵比寿の狭いガレージに若手クリエーターを集め、第一線で活躍するデザイナーなどを講師に招いてスタート。当時はまだデザイナーという言葉すら浸透していない時代だったが、…
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バンタン 石川広己顧問<2>「サンシャイン60」に憧れ外資系企業でバイト
次世代のクリエーターのための専門スクールを運営するバンタンデザイン研究所。1965年に渋谷で産声を上げたバンタンは、今やファッション業界からゲームやアニメなど幅広い分野で実践的な教育を行っている。そ…
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バンタン 石川広己顧問<1>19万人の若きクリエーターを育てた
東京、大阪、名古屋で15の専門スクールを運営し、ファッションからゲーム、ユーチューバーまで、幅広い分野で次世代のクリエーターを養成する「バンタン」。 恵比寿の狭いガレージで若手クリエーターた…
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ローソン 竹増貞信社長<4>「今後は非食品に力を入れていきたい」
2014年、竹増は三菱商事からローソンに移った。 新浪剛史会長(当時)からは、「まずは、どんどん店を回ってスタッフの話を聞くことだよ」というアドバイスをもらった。 週末には、まだ小さ…
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ローソン 竹増貞信社長<3>「ローソンに行ってくれ」を買い物だと勘違い
三菱商事に勤務していた竹増は、2002年から米国に赴任、3年後に帰国の辞令が下ると、「よっしゃ!」と奮い立った。 帰国後は当然、営業部門に戻ると信じていた。ところが、言い渡された配属先は広報…
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ローソン 竹増貞信社長<2>三菱商事で食肉の営業畑を歩む
竹増は、ローソンの親会社である三菱商事の出身である。1993年、三菱商事に入社すると畜産部ビーフチームに配属された。しかし、91年からの牛肉自由化によって牛肉の価格が暴落。輸入すればするほど赤字状態…
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ローソン 竹増貞信社長<1>最後は本部が「加盟店を守る」という決意を伝える
ローソンは、言わずと知れた大手コンビニチェーンだ。「からあげクン」や各種スイーツが人気で、テレビ番組で度々ローソンイーツ特集が組まれるほどマニアも多い。 また、通常型店舗のほか、ヘルシー志向…
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ICH 川岸咨鴻名誉会長<4>アポなしで浅井企画に飛び込んできたウド鈴木、ずん飯尾
斎藤清六、ウド鈴木、みやぞん……長年、川岸氏が専務を務めた浅井企画には、天然ボケの系譜がある。 「清六ちゃんなんか、サウナ買ったけど、大き過ぎて家に入らないとかさ(笑い)。本当に憎めないヤツな…
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ICH 川岸咨鴻名誉会長<3>3億円違約金で窮地に陥った浅井企画を萩本欽一さんが救ってくれた
藤圭子のマネジャーを辞めた川岸氏は、20社もの芸能事務所から誘われた。その中のひとつに、コント55号を擁する浅井企画があった。 「日本テレビで音楽番組を手掛けていた遠藤克彦プロデューサーに『面…
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ICH 川岸咨鴻名誉会長<2>藤圭子の“熱愛スクープ潰し”で自らを身代わりに
「女のブルース」「命預けます」などヒット曲を連発する藤圭子のマネジャーを務めていた川岸氏には、地方の興行師が甘い汁を吸わせようとしてきた。 「営業やコンサートで来てほしいから、莫大な裏金をチラつ…
