十二の眼
-

(75)運が良ければ生きているでしょう
堂前は照れたように、いちどだけうなずいた。 「一緒にこの事件、片づけよう」 「もちろん。そのつもりです」 庄子は安心した様子で見守っている林檎を見た。 「なんだよ」 …
-

(74)どうしてもこのバッジが必要なんです
「誰にやられた」 「日本がひた隠しにする、スパイです」 「スパイ?」 「とある宗教事件にも、絡んだ」 「名前は。どんな奴だ」 堂前は庄子の横にいる、林檎にも視線を送った…
-

(73)胸の奥が締めつけられる
大会議室。 特に事件の進展は見られない。 捜査員たちは散り散りに、事件の論議を交わしている。 庄子はパイプ椅子に座り、こめかみに手をやって揉んでいた。 頭が割れるよう…
-

(72)警部補の奥様は躰が動きません
永井の言葉に、庄子の頬がぴくりと動いた。 「堂前警部補は、どこかをほっつき歩いているわけでも、誰かと会っているわけでもありません……警部補は、ご自宅に戻られているだけです」 庄子が眉根…
-

(71)すみません、話が聞こえたもので
堂前は短く話し終えると電話を切り、戻ってくる。 「申し訳ありませんでした」 庄子が低い声で、問うた。 「……誰からだよ」 堂前は、透明な眼鏡の奥にある目で、庄子を見る。 …
-

(70)犯人はひとりじゃない可能性
堂前と違い、つよい口調で訊く庄子の問いに、グエンはあきらかに動揺していた。 「男か、女か」 「男」 「年齢は」 「ほんと……遠かったから、わからない」 「背丈は。太って…
-

(69)返しに来たのは同じ男か
「ほんとうに知らない人?」 「はい」 「どうやって、その人物から接触があったんですか?」 「働いているコンビニから帰るとき……店を出て、しばらくしたら声をかけられて」 「……S…
-

(68)一語一句間違えずに読め
誠はパソコンを起動する。 かたかたと彼が打つキーボードの音が、しずかに部屋に響く。 「プロンプターの意味はわかるな?」 「キャスターがニュースを読み上げるとき、自分の正面の機械に…
-

(67)さっき知り合ったばかりだけど
誠はよれたラグマットを、丁寧に元に戻していく。 「大手の新聞社とか……雑誌社とか、そっちの方がいいだろ」 「噂レベルの話を、どこまで信じてくれるかなと思ってね。それに冗談じゃなく本気で、…
-

(66)薬物の過剰摂取で死んだんだぜ?
「いや……そんなことない。驚いて、なにも言えなかっただけだ」 「そうか。まあ、いい」 すると青年はまた立ち上がり、バッグのなかを漁り始めた。 黒いおおきな布を取り出し、養生テープ…
-

(65)おれのほんとうの名前は
鼻からはまるで滝のように、血が流れ落ちた。 「すこしは真っ直ぐになりましたよ。あなたの心も、これくらい真っ直ぐになったらいいのにね」 青年は笑みをたたえながら、渡部を見つめた。 …
-

(64)叫んだりしたら酷い目にあうよ
「……ちょっと」 その瞬間だった。 青年は思い切り頭を振りかぶり、渡部の鼻に頭突きを入れた。 「うが!」 渡部は床に倒れ、もんどり打つ。真っ赤な鮮血が床に流れた。 …
-

(63)乾いた音と左手の冷たい感触
……最初に、右ストレートをぶち込んどくか。 渡部はこの緊迫感のなかで妙な高揚感さえ覚えてきた。よく見れば、やはりただの美しい青年だ。見ようによっては、どこにでもいるヤサ男にさえ見えてくる。よ…
-

(62)今日は訊けるだけ訊いてやる
「ああ……渡部さんもいよいよ本腰を入れて記事にされると思って、すべてを話しておいたほうがいいかな、って」 「助かります」 渡部は記者の顔つきになる。 「あ、その前に、いつものいいで…
-

(61)脳内で庄子の言葉が駆け巡る
だが──おれは記者だ。全国五大紙の奴らと違い、多くの修羅場をくぐって来た。そうしないと生き抜いてこれなかった。 渡部は自らの恐怖を必死に呑みこむ。 ──こいつがほんとうに4×3なら、…
-

(60)ドアの鍵を閉める音が聞こえた
「渡部!」 「もしかしてこの情報源が……4×3ってことか? 矢島紗矢を殺した」 庄子は答えられない。 「沈黙が答えだな。庄子さん、わかってるだろ? 夕刊紙の記者なんて、危険がつきも…
-

(59)この男がおまえの情報源か
「おい」 「……聞こえてるよ」 「もういちどしか言わねえ。ほんとうに、おまえの身が危ない」 渡部が電話のむこうで、唾を呑みこむ音が聞こえた。 「……危ないって、どういうことだ…
-

(58)渡部、いまおまえ、どこにいる
すると、堂前が呟くように言った。 「事件にもなっていない噂話を公に広めてくれる媒体……」 その言葉を聞き、林檎は庄子が持ちはじめた疑問の点と線がつながった。林檎はふたりにむけて言った。…
-

(57)庄子の視線を受け林檎が挙手
すると、血相を変えた捜査一課の刑事が、部屋に走り込んできた。捜査員は、いまにも叫び出しそうな顔で、前方に座る係長を見る。 「ありました!」 「どうした!」 「……四年前の二〇二〇年…
-

(56)上がって。なにもないけど
「ここだよ」 ユキという女が案内してくれたマンションは、BARからほど近いところにあった。マンションといっても三階建てのちいさな造りで、もちろん高級マンションのようなエントランスもない。階段を…
