十二の眼
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(53)目深な帽子姿のまま人混みへ
「食え」 「いただきます」 林檎はレンゲを持ち、熱々のスープをすくって口に入れた。 「す……っぱ!」 庄子が腹を抱えて笑った。 「酸っぱいだろ」 「……半端ない…
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(52)井戸の底にいる相手を見ていたつもりが
「でも……さっきおふたりが言った言葉、なんか響いたな」 「なんだよ」 「記者の渡部のことを評した、堅気じゃないって言葉です」 「……ああ、あれか?」 「はい。なんか、わたしもそ…
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(51)奴らの鉄則は情報は得るが人は信じない
「でも別に、公安から刑事部に行くことは、なくはないんですよね」 「なにがあって公安から移ったのかは知らねえ。それに、堂前は悪い刑事ではない。それはわかってる」 林檎は庄子が、素直に堂前を…
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(50)林檎。堂前には気をつけろ
そして、もうひとつ、自分に言葉をくれた。 ──おまえは、そこらの男の刑事より根性と思いがある。で、良いところではあるんだが、積極的に意見を言いすぎる時がある。この組織は階級社会だからな、それ…
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(49)なんで最初の会議で言わなかった
〈本紙独占スクープ! 人気女子アナ矢島紗矢は、なぜ殺されなければいけなかったのか! その驚愕の真相とは!? そして──4×3は本当に存在するのか?〉 一面には矢島紗矢が清純な雰囲気で微笑んでい…
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(48)うまい店連れていってやるからよ
いまや梅雨なのかゲリラ豪雨なのか、わからない時代になったな、とふと林檎は思う。 年配者はよく口にするが、二十七歳の自分が幼かったころだって、こんな気候ではなかった。 庄子と林檎はコン…
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(47)堂前って人、クールな感じじゃない
すると、部屋にいた同期の結城真美が、捜査員の指示を聞き終えた姿が見えた。林檎は結城の元へと足を運んだ。 「結城」 デスクを担当する結城真美は、林檎の顔を見るとすこし息をついた。結城は他…
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(46)女性が病院前に捨てられた事案
庄子も林檎も、堂前を見た。堂前は冷静を超えて、まるで冷ややかにさえ見えた。 「情報源の存在が確かなら、渡部にとってその人間は今後の記者生命をかけても守らなくてはいけない。いま追及したところで口…
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(45)情報源がいるのは確かだろう
「記事のためだったら、あいつは平気で嘘もつく。事実を歪曲させてでもな。だけどあいつがさっきおれに見せた態度から見るに、情報源がいるのは確かだと思う……刑事として、おれにはわかる」 階段を睨みな…
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(44)あなた方を信用しています
「いまのぜんぶ録音してたからよ、なにかありゃ、この音声をネットに流すよ。“暴力警察官、麻布署にあり”ってな。ま、おれに都合が悪いところは、ぜんぶ編集するけどな」 林檎は庄子の代わりに、渡部を殴…
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(43)紗矢の岡山時代を誰も呟かない
林檎はこのような場面が初めてで、固唾を呑んで見ることしかできない。 堂前はフリージャズを聴きながら、その横目は微かに渡部にむけていた。 「その女性はなんで亡くなったんだ」 「想像…
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(42)裏の顔があるってことだよ
堂前は、いつものように、しずかに冷えた目で渡部を見ている。 「捜査一課の刑事さん! 助けてくださいよ! これれっきとした、警察が一般市民に振るっている暴力ですよ! 助けてくれよ!」 庄…
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(41)なにすんだよ、刑事さん
「はい」 「さっきは、申し訳なかったな」 「なにがですか」 「ドアを蹴破った件……係長に、言われちまってよ」 林檎はぶっきら棒だが、きちんと詫びることもできる庄子の性格が好き…
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(40)事件の発覚を望んでいるよう
「謝る必要はねえ。六本木ヒルズは迷宮だ。前も政治家の息子が絡んだ事件がヒルズの一室で起こったんだけどな、令状取れても部屋に入るまでがたいへんだった。ゲートがいくつもあるし、ビル自体持ってる会社が大企業…
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(39)殺害現場周辺で目撃情報はなし
「それを……ドアまで蹴破って。見ろ! この動画のコメントにも、『刑事がドア蹴り破ってる』って書かれてるじゃないか!」 「それは、わたしが」 庄子が言うと堂前が遮った。 「わたくしの…
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(38)矢島紗矢の懇願する最期の声が
「そういうのが溢れてるのか?」 「観る側のたのしみのひとつが、これです。配信者にさえ許可も得ず、勝手に面白い場面だけを編集して拡散するんです」 庄子は、切り抜き動画を見つめる。 …
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(37)格好のいい美少年のような男でした
警視庁本部から堂前に呼ばれて来た、似顔絵捜査官の男性刑事だった。その捜査官は慣れた様子でパイプ椅子を取ると、ちいさな店の端に移動し、鞄から黙々とノートと鉛筆を取り出していく。 「社長、この人ね…
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(36)嘘をつくと大変なことになるよ
ちいさな檻のように狭い不動産屋で、三人はしどろもどろに語る店主の笹谷の前に並び、座っていた。 庄子はじっと年配の店主を見つめ、口を開く。 ここは庄子の得意分野だろう。林檎は思った。 …
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(35)ひとつだけ指紋が採れた
「あなたがタイミングを狂わせたことで、踏み込んだ際に捜査員に思わぬ危険が降りかかる恐れがありました。以後あのような場合は、わたしの指示を待ってください」 林檎は思い出した。 玄関の扉の…
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(34)愉快犯の線が濃くなったのか
地元警察署にも応援を要請し、アパートの前に黄色い規制線が張られた。一〇三号室の狭い部屋のなかは、鑑識係が詰めている。 庄子を含めた捜査員たちは、アパートの前にある駐車場で待機した。 …