闘病記
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<8>母はようやく退院するも足腰が弱って車いすが必要な状態に
新型コロナウイルスに感染して入院中の85歳になる母親は、なかなか症状が改善せず治療が続いている。 母は、「頑張りも苦しい」「早く退院したい」「生きるのに疲れる」「元気になりたい」「1人になってもしっかり生きてね」などと精神的...
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<7>精神的に限界の母に医師の指示で好物のカステラを差し入れ
55歳で糖尿病を抱える私と85歳になる母親は、ともに新型コロナウイルスの感染が発覚し入院となった。私は治療のおかげで回復し無事に退院したが、母は症状が改善せずに入院が続いている。 母の入院9日目。レムデシビル点滴投与3日目。...
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<6>自分は退院も、重症化一歩手前の母に後ろ髪を引かれる思い
55歳で糖尿病を抱える私は治療のおかげで順調に回復している。一方、85歳の母親はなかなか症状が改善しない。 入院9日目朝。私は肺の影が薄く、範囲も小さくなった。翌日の退院が確定。母は症状が続き、レムデシビル投与開始。1クール...
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<5>熱と息苦しさで眠れずコロナで亡くなった友人の顔が浮かぶ
55歳で糖尿病を抱える私に続き、85歳の母親も陽性が発覚して入院が決まった。不安が募る中、治療が始まる。 入院当日22時。体温は38・1℃。寝苦しい。肺がコロナにむしばまれている感じがする。これまで体験したインフルエンザとは...
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<4>母も陽性で入院…ショックよりも自宅に残さず安心と感じた
55歳の糖尿病持ちの私は85歳の母と2人暮らし。1日遅れで感染が発覚し入院する母を心配しつつ、入院初日がスタートした。 入院当日朝7時(自宅)。体温は36.4℃。コロナ陽性でも、朝は熱が下がるのだろうか? 8時4...
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目に針先が迫ってきて…播戸竜二さん翼状片の手術を振り返る
2020年11月に「翼状片」という病気で目を片方ずつ、計2回手術しました。手術時間は30分ぐらいで、入院する必要もなかったので、初めに右目を手術した日には、夜に人に会う予定を入れていました。一応、先生にも「行って大丈夫ですか?」と確...
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<3>鼻水、咳、微熱…最初の異変から入院後高熱にうなされるまで
85歳の母と2人暮らしの私は今年55歳。知らぬ間に家庭内感染して母子で入院した。先に新型コロナの恐ろしさを知ったのは糖尿病を抱える私だった。 入院3日前の夜。くしゃみと鼻水、微熱が出た。この時期、微熱でもコロナが心配だ。その...
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<2>新型コロナ退院後に自覚した「足腰の弱り」と「体重増」
東日本の大学病院で30年以上、事務職員を勤めた私(55歳)は、6年前の離婚を転機に母(85歳)と2人暮らし。糖尿病を抱えている。新型コロナの重症化リスクを自覚し、「正しく恐れる」を実践していたが、なぜか母子ともに新型コロナに感染して...
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<1>退院直後の後遺症…母は筋力低下で転倒しても起き上がれず
日本の新型コロナウイルスの感染者数は45万人を超え、少なからぬ人が入院している。その中には、中年男性1人で老親の面倒を見ていて、親子ごと感染・入院するケースもある。家族の支援を得られず親子ともども新型コロナと向き合う苦しみはいかばか...
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稲妻のような残像が…叶かずゆきさん語る脳動脈瘤との闘い
僕はもう50歳近いおじさんですけど、頭の中には“最新機器”が入っています。というのも、日本ではまだ保険適用されて間もなくて症例の少ない最先端の「脳動脈瘤塞栓デバイス」を使うことに協力したからです。 脳動脈瘤がわかったのは、2...
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義眼のパーカッショニスト富田安紀子さん「病気には甘えない」
「ぶどう膜炎」は、ぶどう膜とその周辺に炎症が起こる目の病気です。ぶどう膜は、光の調節をする虹彩、ピントを合わせる毛様体、栄養を運ぶ脈絡膜からなる血管の多い組織のこと。私は白内障を併発して、左目は失明して義眼となり、右目も視力が不安定で...
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水を飲み込むのも困難に…ぺえさんは急性咽頭炎で入院を経験
2019年の秋、急性咽頭炎で10日間入院しました。入院先は陸上自衛隊の三宿駐屯地。この入院を境に不規則だった生活や食の好みが激変しまして、健康的な生活になりました。 入院に至る少し前から咳や軽い喉の痛みはありました。でも普通...
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脊椎側弯症と闘う手島実優さん 今も背骨に1キロの金属が…
14歳の春休みに「特発性脊椎側弯症」の手術を受けました。背中には首から腰まで真っすぐ伸びる400針の手術痕があって、背骨にはチタン製のワイヤやボルトが総重量で1キロほど打ち込まれています。 側弯症は肋骨や背骨が曲がって左右非...
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起業家の岡本麻里さん 精神病棟への入院経験で学んだ考え方
出産後、私生活でさまざまな問題が重なりまして、精神的な疲労から体調を崩した末に、精神病棟に3カ月入院という経験をしました。 体調不良の始まりは頭痛でした。2016年から17年にかけて2カ月に1度ぐらいの頻度で大きな頭痛に襲わ...
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がんで舌を切除した声優の小笠原早紀さん 復帰までの道のり
2019年5月、手術で舌の左脇を長さ6センチほど切除しました。ちょうど小指1本分ぐらい失った感じです。それでも今もこうして声優のお仕事ができています。早期発見ができて本当によかったと思います。 異変は2019年3月でした。朝...
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不整脈で救急搬送のせんだみつおさん 死んじゃうのかなと…
去年の11月に「心疾患で救急搬送」とネットで報じられまして、敬愛する長嶋茂雄さんや芸能界の友人から「大丈夫?」といっぱい連絡をもらいました。ありがたいです。でも、もう元気そのもの。薬も飲んでいません。通院もしていませんが、月1回、心...
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虫垂炎のIKKANさん 医師と相談して「切らない」ことを選択
虫垂炎で入院したのは去年の6月1日でした。前日の夕方から腹痛が始まって、家にあった鎮痛剤を飲んでも効かず、気付けば熱も出始めて痛みは徐々に増しました。 初めは、前の晩に行ったニンニク料理専門店で食べ過ぎたのが原因だろうぐらい...
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音楽を生業にしているのに…月光恵亮さん難聴との闘い語る
最初に症状が出たのは2008年、56歳のときです。突然、両耳がまったく聞こえなくなったんです。目の前で話している人の口が動いているだけ……。ただ、そのときは1時間ぐらいで症状が治まったので、あまり気にしませんでした。 でも、...
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つらさが理解されない…上矢えり奈さん「内斜視」との苦闘
高校生のとき、突然「斜視」の症状が出てビックリしました。その日は、なんとなく具合が悪くて学校の保健室で少し寝ていたんです。で、起きたら視界に違和感があって、戸惑っていたら保健室の先生に「あれ? 目、寄ってるね」と言われました。勝手に...
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紙芝居師に出会って救われた…かみはるさん股関節症を語る
「前の学校にあなたと同じような歩き方の子がいてね、その子が病院で診てもらったら股関節脱臼っていう病気だったのよ」 小学4年生のとき、担任の先生にそう言われました。「一度、病院に行ってみては?」という先生の提案で、母親と一緒に受...
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「死ぬんだろうな」と思った…樋口大悟さん白血病との闘い
30歳のときに骨髄移植を受けました。移植は点滴で行われます。鮮度を保つため冷やされた液体が、鎖骨辺りに刺した針から血管を伝ってじわじわと体に広がっていくのが分かりました。あくまで個人の感覚では、新しいジュースを飲むような感じ。夕方か...
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白血病と闘う能楽師の武田文志さん「医学の進歩を知った」
今から7年前の10月、36歳の誕生日に緊急入院をしました。病名は「慢性骨髄性白血病」です。 白血球の数値が19万8000マイクロリットルもありました。正常値は3000~8000、5万~6万で白血病が疑われるレベルなので、20...
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矢方美紀さん 25歳で乳がんに「世界の見え方が変わった」
「乳がんですね」 そう告げられたのは2018年の年明けでした。年末にセルフチェックで左胸にしこりを感じて、乳がん検査を受けたときのことです。 きっかけは2017年に亡くなった小林麻央さんの報道でした。闘病の様子を映した...
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「必ず治る病気になる」ALSと闘う恩田聖敬さんの思い
生まれ故郷である岐阜のプロサッカーチーム「FC岐阜」の代表取締役に就任したのが、2014年、35歳の時でした。 それまで、東京のアミューズメント事業会社で取締役を務めていたのですが、その会社のオーナーがFC岐阜の支援を始めた...
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「息子が卒業するまでは」がんと闘うAV男優の沢木和也さん
がんがステージ4だと知ったときは、ショックというよりも「やられたな」と思って、まだ中学生の息子の顔を思い浮かべながら「この先のことを考えなきゃいけない」と思った。 「なんかおかしいな」と感じたのは、今年の2月下旬、撮影現場でセ...
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「手遅れではない」の言葉で…笠井信輔さん悪性リンパ腫との闘い
がんの散らばり具合をカラー画像で見られるペット検査をしたところ、いたるところが黄色く反応していて、全身にがんが散らばっていることが判明。その画像を見たとき、「これは終わりか……」と思いました。 不調は、フジテレビを退社(20...
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仕事ができなくなっちゃう…声優の森川智之さん喘息を語る
どう隠していこうか――。 40歳を迎え、声優として多忙を極めていたときに「喘息」と診断されてしまった僕は、周りにそれを気づかれてはいけないと思い、必死に「健康ですよ」という空気を出していました。 声優にとって、声は大...
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トイレは1日40回 俳優・井澤こへ蔵さん潰瘍性大腸炎を語る
俳優になることを決めたのは、「復活したら後悔しないように生きよう」と思うほど死を意識したからです。そして、体調が一番優れない時に救われたのが、同じ病気を抱える高橋メアリージュンさんの活動を目にした時です。本当に勇気をもらいました。「...
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義足のモデル今西柊子さん「痛みから解放され人生が再開した気分」
3年前、左脚の太ももから下の切断手術をしました。術後、傷口が痛かったかどうかは覚えていません。たぶんそれまでの痛みのほうが強烈だったので、あんまり痛いと感じなかったのだと思います。 最初の異変は小学校の高学年です。バレーボー...
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大山加奈さん椎間板ヘルニアと闘い「死んだほうが楽だ」と
「よくこんな状態でバレーボールやってたね」 医師にそう驚かれたのは、2008年の京大病院でのことでした。その年の8月、北京五輪が開催されている真っ最中に私は「椎間板ヘルニア」と「脊柱管狭窄症」の手術を受けていました。 ...
