語り部の経営者たち
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サンコー 角谷太基社長(4)たかが家庭用品、されど家庭用品…付加価値をどう見せていくか
祖母の病気をきっかけに、お客さまの声を直接聞く機会を設けるボイスカードを商品に入れることにしたという。これが創業の原点に戻ったターニングポイントであったと話す。 「父は毎朝ボイスカードを見るの…
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サンコー 角谷太基社長(3)脳梗塞を患った祖母のために父が吸着便座シートを開発
角谷氏は、経営のノウハウやテクニックを見つけるべく、さまざまな経営者セミナーに参加した。どのセミナーもしっくりこなかったが、稲盛和夫氏が主宰する盛和塾だけは違った。 ■稲森和夫氏から学んだ「人…
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サンコー 角谷太基社長(2)先代の父はワンマンで経営理念そのものだった
1962年に自宅の軒先から始めた商売は、借り物件ではあるが、新しく社屋を移転したのをきっかけに株式会社サンコーとして生まれ変わる。 サンコーの歴史を振り返ると、時代の潮流を鋭敏な嗅覚で読み取…
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サンコー 角谷太基社長(1)買う人・つくる人・売る人が幸せになる「三幸精神」
家庭用品の一大生産地として有名な和歌山県海南市。その海南市に本社を置き、地場産業の生活用品の開発・製造・販売の事業を展開し、家庭用品業界を牽引しているのが株式会社サンコーだ。そのサンコーを支えるのが…
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人形町今半 髙岡慎一郎社長(5)強いリーダーシップを発揮しようとして失敗
1986年、髙岡慎一郎が「人形町今半」に入社した時、売上高は35億円、社員数は250人だった。ちょうど家業から企業に変わる転換期だった。 「当時、社長だった父も経営理念を掲げる必要性を感じ、『…
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人形町今半 髙岡慎一郎社長(4)店長時代に70歳代の女性客3人から言われた言葉
「人形町今半」の髙岡慎一郎社長は、玉川大学を卒業後、3年半OA機器の営業マンをした後、父・陞から催促されて1986年11月、人形町今半に入社した。28歳だった。最初は築地市場に通った。 「毎朝7…
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人形町今半 髙岡慎一郎社長(3)大卒後OA機器の営業マンに 月100時間の残業になる時も
「人形町今半」社長の髙岡慎一郎は、玉川学園高等部1年の時「骨肉腫」と診断され、片足の切断を覚悟した。 しかし、幸いにも名医に巡り合い、手術はしたが片足の切断は免れ、療養とリハビリで完治した。た…
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人形町今半 髙岡慎一郎社長(2)15歳で「骨肉腫」との診断、片足の切断を宣告される
「人形町今半」社長の髙岡慎一郎は、小中学校は公立に通い、高校は母のすすめもあって、私立・玉川学園高等部に入学した。東京・杉並の自宅から1時間30分かけて通った。 玉川学園はクリスチャンの創始者…
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人形町今半 髙岡慎一郎社長(1)「舌を鍛えるため」子どもの頃から父親が一流レストランに
昨年10月、入国規制が撤廃された後「人形町今半」にはインバウンド(訪日外国人旅行客)が殺到している。筆者がインタビューのために平日昼、本店を訪れた時も、欧米人やアジア人が次々に来店し、混みあっていた…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(7)本質は何一つ変わらない。汗をかくしか成功の道はない
見澤氏は長谷川興産(現HITOWAホールディングス)の面接でだいぶ待たされ、少しふてくされていた。そうした態度が問題になり、採用に反対する声が強かったと、あとで聞かされた。役員の一人が「将来、伸びる…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(6)ようやく手にした清掃の仕事で一家離散を回避
やっとの思いで清掃の仕事をゲットした見澤氏だったが、その額は相場よりだいぶ低かった。足元を見られたのだ。 「ガタがきている中古のセダンを10万円で購入し、モップなどの道具を詰め込み仕事を開始し…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(5)援助してくれた父の会社がまさかの黒字倒産
高校を卒業して北足立市場で働きだしたものの、2カ月半で退職してしまった見澤氏は、なかなか方向性を見いだせないでいた。とりあえず、父に経済的な援助をしてもらい、専門学校のベンチャービジネス科に通いだし…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(4)北足立市場に就職するも、わずか2カ月半で退職した理由
全国で1900店舗を展開するおそうじ本舗。コロナ禍で衛生への意識が高まり、逆に依頼が増えた。巣ごもり需要をしっかり取り込み、同社を率いる見澤氏の表情も明るい。 今や気鋭の実業家として注目され…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(3)秀才の兄を意識しつつもヤンチャばかり…大学進学を断念
上京後、一家が住んだのは賃貸の一軒家。1学年違いの兄弟は2人でひとつの部屋が与えられていた。壁の両側にそれぞれの机があった。中学受験を目指す兄は塾の模試でも全国上位にくる秀才だった。一心不乱に机に向…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(2)関西弁でクラスの人気者に…チヤホヤされてモテ期到来
京都から東京に出てきた小学校3年の見澤少年がまず感じたのは「思ったより田舎だな」ということだった。 「引っ越してきた大田区馬込のあたりは坂が多くて、緑もいっぱいある。ものすごい大都会をイメージ…
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おそうじ本舗 見澤直人社長(1)異端児がハウスクリーニングのプロ集団を率いるまで
お笑い男女コンビのメイプル超合金を起用したCMでおなじみのおそうじ本舗。47都道府県で約1900店舗を展開するハウスクリーニングのプロ集団である。その運営会社HITOWAライフパートナーで社長を務め…
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松竹 迫本淳一社長(4)感動という付加価値でお客さまの人生を応援していきたい
迫本は、松竹の7代目社長・城戸四郎の孫であり、日本近代経済の父・渋沢栄一のやしゃご(孫の孫)にあたるというサラブレッドである。 そのようなバックボーンを持ち、弁護士資格のある辣腕社長となると…
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松竹 迫本淳一社長(3)倒産寸前からアグレッシブな企業へ成長
1998年5月、迫本は副社長に就任すると、まずは有利子負債の削減と不良資産の処理に取り組んだ。 有利子負債が連結売り上げの2倍以上あり、不良資産も膨れ上がっていた。 「このままでは、松…
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松竹 迫本淳一社長(2)「男はつらいよ」シリーズ終了、会長から立て直しを託される
1990年、迫本は37歳で司法試験に合格すると、司法修習期間を経て、渉外法律事務所に就職した。 司法修習生時代も法律事務所への就職活動の際にも、若くして司法試験に合格した人間が重用されるきら…
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松竹 迫本淳一社長(1)弁護士資格を持つ異色の経営者 圧倒的な手腕を見せる
松竹は演劇や映画の製作・配給・興行・ライツビジネスを手掛ける総合エンターテインメント企業だ。 歌舞伎を支える唯一の興行主でもある。一私企業が伝統芸能を事業として担うのは、世界的にも極めてまれ…
