修羅にうたう
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(32)二の丸の奥にヤツデがありました
焚火の前を陣取っていた孫十郎という二十四、五の男が、傍らの大槍をドンと地面に突き立てて胸を張った。 「このまま、座して死を待つだけでは我らも浮かばれぬ。いっそ、ここで武勇ある者たちだけでも打っ…
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(31)空堀の中にじわりと赤い血が
佐助は一瞬、目の前で何が起きたのか分からなかった。 ……四郎は、飛んだ。 そして空堀の底へ落ちたのだ。 空堀の中にじわりと赤い血が滲み、小さく震えたように見えた四郎の体は、四肢が奇…
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(30)甲斐の風は凍えるよう
〈佐助と野武士〉 井楼の上から見る風景は、相変わらず殺伐としている。 山から吹き付ける風の冷たさに、少年、佐助はぶるる、と身を震わせた。暖かい駿河に慣れていた佐助にとって、甲斐の風は凍…
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(29)一節切の音が夜空に響く
そうして宗長は、改めて茜をしみじみと見やる。 「だから、そなたのように、乱世を逞しく生きている女子を見ると、あのお蔦も、何処かで生き抜いてくれているのではないかと、微かな望みを繋ぐのだ」 …
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(28)助けたい一心で野武士を斬った
「幼馴染の娘が連れ去られたのは、戦の後かい」 「その名残と言うべきかな。通りすがりの野武士のせいだ」 宗長の故郷である駿河と遠江の境でもある大井川の辺りでは、今川と斯波の小競り合いがしば…
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(27)涙を拭い静かに立ち上がる
お福の死を嘆いている暇はない。亡骸を長らくここに留めれば、臭いが立ち、虫もわき、病の元となる。捨てなければならない。それが分かっているから、皆一様に涙を拭い、静かに立ち上がる。 「お福はもう、…
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(26)納屋の中の女たちが身を縮める
険しい顔で睨む茜に、老僧はふわりと微笑んだ。 「儂は宗長と申す。駿河の柴屋軒より御館様の命で勝山城に入った。城内に女人を見かけぬ故、何処にいるのかと案じていたのだが……」 声に嘘はない…
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(25)月明りの下、その人影は僧侶
〈茜太夫の舞〉 夢うつつの微睡の中、何処からともなく悲し気な音が響いて来た。遠くから吹く風の音かと思ったが、それが旋律であることに気付き、茜はそっと目を開ける。 狭い納屋の中には、十人…
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(24)これは…もしや先代の
氏親が訪ねて来た時から、何か厄介な話だろうと思ってはいた。まさか甲斐との戦の話とは思っていなかったが……。 「戦は、始めることよりも、終わらせることが遥かに難しい。叔父上や大井氏の頼みとはいえ…
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(23)甲斐の武田に知己はないか
「諸将の言う通り、今になって勝山城に援軍を送るのは得策ではありませんな。むしろ、これから遠江との戦になるとするならば、背後の甲斐は、守りに徹する方が得策かと」 氏親は、うん、と頷く。その割り切…
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(22)何なりと仰って下され
どうやら、気の強い桂姫と鷹揚な氏親とは相性が良かったらしい。姫の方も京にいるよりむしろ伸び伸びと暮らしているようだ。 「それを聞いて安堵致しました」 今川家と中御門家の縁組の仲介を終え…
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(21)氏親は武将というには優しげ
宗長が二十九の時、先の当主である今川義忠が亡くなった。 その後、京に上った宗長は、禅寺の一休宗純の元で修行に励んでから、連歌師宗祇の弟子として各地を回り、旅から旅への日々を過ごしていた。 …
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(20)雲の切れ間から月が覗く
〈特使宗長の独白〉 夜の城郭の中は、闇と共に人々の絶望が澱んでいる。 歩きながら宗長は深いため息をつく。 侍大将たちは城の中にいるが、雑兵たちは城の入り口辺りまで溢れており、壁…
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(19)儂一人で参ってすまぬ
宗長は、深く頷いて弥太郎を真っ直ぐに見つめた。 「そなたは、皆の沈黙を破り、次にどうするかを、真っ先に儂に問うた。他の者たちは、その問いよりも己の波立つ心を落ち着かせるので精一杯に見えたのだ。…
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(18)兵糧を見せてもらえるか
本丸から出た宗長は、辺りを見回して、 「兵糧は何処にある」 と、問う。弥太郎は、兵糧のある蔵へと導いた。小荷駄奉行の元へ向かい、 「兵糧を見せてもらえるか」 と言うと、奉…
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(17)和議などと容易く申されるな
小田原の北条早雲が、小山田氏との争いに参戦していたことも、今川が甲斐に進軍する理由の一つであった。しかしその北条早雲が撤退。早雲と氏親は叔父甥の関係にあり、これまでも事あるごとに連動していた。北条が…
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(16)祖父は笑って「連歌だ」と
幼い弥太郎は、祖父たちが何をしているのか分からず、 「何をしておられますか」 と問うた。すると祖父は笑って言ったのだ。 「連歌だ」 連歌とは何かはよく分からなかったが、こ…
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(15)この正月で七十になった
〈墨染の特使〉 弥太郎は、柴屋軒宗長と名乗る僧を伴い本丸へと向かう。平山城とはいえ、本丸へは石段が続き、老人であれば辛いこともあろうかと思うが、宗長という老僧の足取りは揺らぎがない。 「…
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(14)おおい、門を開けてくれ
戦場の原に現れた人影は、ゆらゆらと動きながらこちらに向かって近づいて来る。 「あれは……坊さんですか」 佐助の言葉に、弥太郎はうむ、と唸るように頷く。 確かに野原を歩いて来るの…
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(13)過ぎた事を振り向くな
少年は泣きそうな顔で、ぐっと唇を噛みしめた。その顔には見覚えがあった。先日、刈田狼藉に駆り出され、兵糧を持って戻ったところを襲われ、ぎりぎりで虎口に駆け込んできた少年である。あの日、少年は傍らにいた…
