十二の眼
-
(12)闘いの前の最後の一本
庄子は、いつもの六本木通りに面する人のいないガードレールの茂みに立ち、ポケットから煙草を取った。早朝五時が近づいた街の空は青く染まりはじめ、酔客たちの代わりに勤め人たちが行き交いはじめる。署では先ほ…
-
(11)窓の向こうに虚構の街
「林檎、あんた出かけてんの!?」 とにかく声がおおきい。林檎の母である一之瀬和江、五十二歳だ。林檎は通話ボリュームを最小にした。 「そうそう。事件。いま署だから」 「あんた起きたら…
-
(10)投稿の写真はどれも地味目
至極自然に考えれば、男だろう。 あの遺体が着ていた衣服を見ても、そう思う。先ほど矢島紗矢のインスタグラムを見たが、彼女が投稿するプライベートの自撮り写真はどれも、地味目のファストファッション…
-
(9)部屋はすでに刑事で溢れ
「矢島紗矢さんの住まれている目黒は、ご実家ですか?」 「いえ、一人暮らしなはずです。彼女の生まれは岡山ですから」 「失礼ですが、ご実家は資産家でらっしゃいますか?」 「いや、そういう…
-
(8)誰かが遺体を見た可能性も
「本来であればいますぐにでも殺人事件も視野に入れて、遺体発見を広報から発表させます。ですが被害者が著名人です。すこし慎重にことを進めて、明日の夕方あたりでいかがでしょうか」 「……明日か」プロデ…
-
(7)記者が卑屈な笑みを浮かべる
「おまえ」 「庄子さんの顔もあるから、うまく書きますよ。それに──いい記事になりゃ、褒美も渡します」 卑屈な笑みを浮かべ、渡部は階段を下っていった。 「大丈夫ですか。誰ですか、あの…
-
(6)でかいヤマになるぞ、林檎
庄子は人がいない車道側のガードレールの茂みに立ち、ポケットから白いマルボロを出す。携帯灰皿を開け、煙草に火を灯す。違反なのはわかっている。が、こんな実態のないまやかしの街で煙草を吸ったからなんだとい…
-
(5)TOBを積極的に敢行した人物
永山渉といえば、平成の中期、日本に突如現れた異物のような存在だった。バブル崩壊後の日本を嘲笑するように、「古き良きサラリーマン社会」の慣習をぶち壊していった。敵対的株式公開買い付け(TOB)を積極的…
-
(4)彼女、去年スクープされたんです
午前三時前の六本木通りを歩く。首都東京の国道二四六号線は、眠ることを忘れた車たちが今日も右に左に走っている。庄子と林檎は、歩いた。 「珍しいじゃねえか、その恰好」 庄子は林檎が着ている…
-
(3)十文字に裂かれた遺体に唾を呑む
「……そうか」 第一発見者である通報者には、是が非でも会いたいのが刑事の性だ。だがこのような場合、案外と通報したのちに消えてしまうケースもある。理由は簡単で、まず近くに犯人がいるのではないかと…
-
(2)蒸し返すような暑さと湿気
東京のハイセレブな連中がこぞって集まる街とは思えぬ、薄暗く灰色の階段を下る。二階へ降りると麻布署に詰めている番記者たちが井戸端会議をしていた。庄子は隣の刑事に目だけをむけ、歩を緩めるように指示する。…
-
(1)麻布署管内で女性が死んでいる
東京。六本木。 警視庁麻布警察署、刑事課強行犯捜査二係の刑事、庄子敬之は署内にある通称「リモコン」で、パイプ椅子に座って両足を投げ出していた。「リモコン」とは簡単にいえば通信指令室だ。麻布署…