修羅にうたう
-

(13)過ぎた事を振り向くな
少年は泣きそうな顔で、ぐっと唇を噛みしめた。その顔には見覚えがあった。先日、刈田狼藉に駆り出され、兵糧を持って戻ったところを襲われ、ぎりぎりで虎口に駆け込んできた少年である。あの日、少年は傍らにいた…
-

(12)そこで何をしている
弥太郎に向かって、若武者は姿勢を正した。 「福島彦九郎と申す。弥太郎殿の先の引間城での戦での武功は聞き及んでおります」 四年前、遠江の引間城を巡る戦があった。尾張の斯波義達らが引間城に…
-

(11)これは戦と言えるのか
弥太郎はこの出兵に端から反対であった。 元々この戦は、甲斐の跡目争いに端を発する。 十年前、武田の当主、信縄が死んだ。その跡目を巡り、信縄の弟である信恵と、息子の信虎が戦をすることと…
-

(10)弥太郎はこの年、二十四に
〈侍大将弥太郎の不安〉 烏がバサバサと黒い翼をはためかせ、天空から舞い降りていく。骸を食らってカアカアと仲間を呼ぶ様は、まるでこちらを嘲笑っているかのようだ。 朝比奈弥太郎はそう思いつ…
-

(9)見えるのは援軍か兵糧か
その時、視界の先に赤鳥紋の幟が見えた。 「援軍かい」 「いや……兵もいるが、兵糧だろう」 確かに、俵を載せた荷車などが続いているが、兵そのものの数はさほどではなさそうだ。少しずつ…
-

(8)何だか嫌な予感がする
「椿城の兵じゃないのかい。味方だろうよ」 茜はそう言ってみたものの、兵たちの動きから立ち上る言い知れぬ殺気のようなものを感じていた。 「……何だか嫌な予感がする」 小菊はぶるる、…
-

(7)お互い、縄張りは荒らさんように
城内に入って来た茜太夫を見て、一人の年増の遊女が歩み寄って来た。 「お互い、縄張りは荒らさんようにしましょ」 遊女は小菊といった。この小菊が遊女たちを取りまとめているらしい。茜は芸を売…
-

(6)一月ほど前に勝山城に
〈猿楽の茜太夫〉 勝山城の見晴らしからは、遠くに連なる尾根が見える。富士山まではまだ遠いが、猿楽一座の茜太夫は、朝の涼やかさの中でこの景色を眺めるのが気に入っていた。 しかしそれは、数…
-

(5)儂らを盾にして生き残れ
佐助は荷車に寄りかかるように崩れ落ちた。 「助かった……のかな」 佐助はそう言ったのだが、左隣にいる与作からは返事がない。見ると、与作は体を荷車にあずけたままでこちらに背を向けている。…
-

(4)身を低くして荷車を押せ
戦場にあって、与作がいつも佐助の気持ちを明るくしようとしてくれていることは有難い。与作とは親子ほどの年の差なので、この行軍の間、何かと不慣れな佐助の世話をしてくれていた。 「お、見えて来たぞ」…
-

(3)骸の男が植えた稲なのだ
「でも、でも人が死んでる」 佐助が田に浮かぶ骸を指すが、与作は首を横に振る。 「戦だからな」 自らにも言い聞かせるように低い声で言い、再び黙って稲を刈り始める。 佐助はそ…
-

(2)誰の田かも分からないのに
戦場の城に入ったとはいえ、佐助のような農夫上がりの雑兵がすることは、すぐにはない。蔵にある米を脱穀したり、城壁の中にある小さな畑の手入れをするくらいである。 「何じゃ、こんなことなら慣れたこと…
-

(1)敵は甲斐の武田と言われたとて
〈佐助の初陣〉 少年は重い荷車を押しながら、ふと遠くを見やる。連なる山々はその頂きを白く染め、冬が近づいていることを報せていた。 「早く歩け」 馬上から怒鳴る男の声を聞きながら、…
