あと3年かもしれないと…精神科医で俳優の楠部知子さん多発性骨髄腫を語る
楠部知子さん(66歳/精神科医で・俳優)=多発性骨髄腫
「多発性骨髄腫」と診断されたのは2023年4月下旬でした。38歳のときに「大腸がん」を経験していますし、両親とも「スキルス胃がん」で亡くしているので、自分も亡くなるときは消化器系のがんだろうと思って内視鏡検査は毎年受けていましたが、まさか「血液のがん」になるとは思いもしませんでした。
「腰が痛いな」と思い始めたのは21年夏ごろです。近所の整形外科を受診しても「年のせい」や「ギックリ腰」と言われ、その後も何度かレントゲンを撮ってもらいましたが、悪性を疑うような診断はいただけませんでした。
そのうちに徐々に痛みがひどくなり、寝返りはもちろん、ヤカンを持つ、ドアを開ける、ただカルテを持ち上げるだけでも痛みが走るようになって、「セカンドオピニオンが必要だ」と思うようになりました。私は、整形は専門ではありませんが、一応医師免許は持っています。これだけ痛いということは、どこかに原発巣があり、それが骨転移を起こしているのではないかと疑いました。
近所の整形外科から骨密度の測定を含めて「脊髄外来」への紹介状を書いてもらいました。測定の結果、骨密度は45%と正常値の約半分。つまりスカスカでした。先生から「転んだり、重い物を持ったり、跳んだりはねたりしないように」とくぎを刺され、この時点で大好きなミュージカルの舞台の夢が消えてなくなりました。
診察に付き添ってくれた看護師の友人の助言でMRIを撮ってもらうと、全身に異常な陰影が散らばっていることがわかり、先生の顔色が変わりました。そして「がんの骨転移が疑われます。原発巣を探しましょう」と言われました。
そのとき、すでに自己判断で婦人科と消化器内科などの受診を済ませていた私は、先生に婦人科と消化器には原発巣らしきものがなかったことを報告しました。「ではPETを受けてください」と言われ、最速でPET検査を受けられるよう予約を入れてもらいました。
PET検査では背骨2本が圧迫骨折、肋骨も4本折れていることがわかりました。どうりで痛かったはずです。そして初めて「多発性骨髄腫(疑)」という言葉を耳にしました。この時点ではまだ“疑い”でしたが、多発性骨髄腫と聞いて素直に納得できました。「高齢者で多発骨折と貧血があったら多発性骨髄腫を疑え」と勉強したことを思い出したのです。ただ、自分が高齢者だという自覚がなかったんですよね(笑)。


















