「極限の漂流118日間」ソフィー・エルムハースト著 村井章子訳│野生動物のように必死に生きたかけがえのない時間
「極限の漂流118日間」ソフィー・エルムハースト著 村井章子訳
1972年6月、モーリスとマラリンはヨットで母国イギリスを出帆、ニュージーランドを目指した。だが、大西洋と太平洋をまたぐ大航海は、途中から大漂流になってしまう。ガラパゴス諸島に向かっていた船は、傷ついたクジラに激突されて破損。救命ラフトと手こぎボートに食料や生活道具を積み込む間もなく、船は沈没。以後約4カ月、ふたりは太平洋をさまようことになった。
半世紀前に起きたベイリー夫妻の遭難と生還の物語をイギリス人ジャーナリストが掘り起こし、過去の資料に新たな取材を加えて書いたサバイバルノンフィクション。
テントのような救命ラフトと太平洋を隔てているのは、薄い防水ゴムでできた直径140センチのフロアだけ。ふたりはここで体を折り曲げ、交代で眠る。食料が尽きると、海ガメをつかまえ、魚を釣り、生で食べた。飲み水は水タンクにためた雨水。トイレは空のビスケット缶。お互いの面前で用を足さなければならない。この極限状態を夫婦は支え合って生き延びた。
真面目で慎重で悲観的なモーリスと、楽天主義で不屈の精神を持つマラリン。ふたりは仕事を辞め、家を売り、ヨットを買って、陸の上の文明社会から逃げ出すように、長い旅に出た。二度とイギリスに戻るつもりはなかった。船長のモーリスは無線機さえ積まず、昔ながらの天測航法にこだわった。そんなふたりの行く手に待っていたのは、長い長い漂流だった。
118日後、韓国のマグロ漁船がラフトを発見する。救出される瞬間、モーリスが安堵とともに抱いたのは、「何かが終わってしまったという、いわく言いがたい感慨」だった。
生還後のふたりはメディアの寵児となり、本を書き、再び海の冒険に乗り出す。だが、ふたりの人生でもっとも輝きを放っていたのは、漂流の日々だった。あらがえない大自然に放り出され、野生動物のように必死に生きた、かけがえのない時間だった。文明社会は人間から“生き物”として生きる力を奪ってしまったことを、本作はあらためて思い起こさせる。冒険譚を超えた傑作。
(ダイヤモンド社 2178円)



















