「労働者の勤務記録には、いろんな理由で仕事を休んでいたと書かれていました」──「古代エジプト人の愉快な日常」松本弥氏
「古代エジプト人の愉快な日常」松本弥氏
古代エジプトといえば、ピラミッドにツタンカーメン、神秘的なヒエログリフ(象形文字)……。そんなイメージだろうか。ところが、ヒエログリフを解読すると、実は古代エジプト人は酒好きで、仕事をサボり、ストライキを起こし、風刺漫画やエロチックな絵まで楽しんでいたというのだ。
「直接訳すと、言葉も今風になります。宴会で女性が『わたし、酔いたい気分なの。ジャンジャン持ってきて』とつぶやくと、給仕の少年も負けじと『とことん付き合いますから覚悟してください』と応じる。居眠りする倉庫番を見た男が『ワインで酔ってるんじゃないか』と言えば、『寝てねえよ』と言い返す。まさかそんな会話が、お墓の壁画などに残されているとは思わないでしょう?」
現代人と変わらない人間くささにビックリ
著者は、長年エジプト研究を続けてきた。墓の壁画に刻まれ、パピルス(植物の繊維を使った紙状の素材)に書かれた文字を、欧米の研究者による訳を介さず直接日本語にし、庶民の暮らしを浮かび上がらせたのが本書だ。驚くのは、現代人と変わらない人間くささだろう。
「労働者の勤務記録には、お葬式があるとか、家が壊れて修理するとか、いろんな理由で仕事を休んでいたと書かれていました。『飲み過ぎたから休みます』という人もいて、二日酔いが堂々と欠勤の理由に認められていたほど、おおらかな働きっぷりだったみたいですよ(笑)」
おおらかなだけではない。待遇への不満は、はっきりと声に出した。
「ストライキがあったこと自体はエジプト史では有名ですが、実際にどんな文章で記録されていたのかというと──労働者たちが『この月に入って18日も腹が減ったままだ(給料=食糧の支払いがない)』と言って、トトメス3世葬祭殿の裏に座り込んだというんです。夜通し、不平不満、要求を訴え続け、役人らとのやりとりがあって、その後ようやく1カ月分の給料が支払われました。でも十分ではなかったんでしょう。座り込みは続き、妻子も加わるようになっていくんですよ」
ユーモアのセンスにも驚かされる。日本の「鳥獣戯画」を思わせる、ワニやライオンが擬人化されて楽器を奏でる場面もあれば、男女の性愛を大胆に描いた、江戸時代の春画顔負けの絵も登場する。
「思うようにならないことを、笑いにしてしまいたいという気持ちがあったんでしょう。皮肉を楽しむには庶民の知性が必要です。先人の知恵の書き写しが3000年間続いてきた豊かな国でした。女性の化粧や髪形、シースルーのドレスなんて、今そのまま街を歩いてもおかしくない。現代文明の基本が、ここにあるんです」
本書ではヒエログリフを本来の縦書きのまま組み、ふんだんに掲載している。欧米では横書きに直すのが普通で、縦書きに組むのは極めて珍しいという。そもそも印刷所にない文字だ。30年前、著者が1文字ずつトレーシングペーパーに写し、コピーして切り貼りして文章を組むところから始めた。地道な積み重ねの労作である。
「古代エジプトの庶民が何を考え、どんな暮らしをしていたのか。それがどこに、どんな文字で書かれていたのか。資料の原点を見せたかったんです。5000年前の人たちを身近に感じてもらえたらうれしいですね」
(文藝春秋 1540円)
▽松本弥(まつもと・わたる) 1959年、福井県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務などを経て、古代エジプトを専門とする出版社、弥呂久に所属。専門は古代エジプト史。日本オリエント学会正会員。「物語 古代エジプト人」「ヒエログリフを書いてみよう 読んでみよう」など著書多数。



















