漫画一筋の人生は日本の漫画史そのもの「劇画の巨星 川崎のぼる伝」読売新聞西部本社文化部著
「劇画の巨星 川崎のぼる伝」読売新聞西部本社文化部著
「巨人の星」の漫画家、川崎のぼるの半生を描いた初の本格評伝。ペン一本で貧しさから抜け出し、ひたすら描き、連載を何本も掛け持ちする人気漫画家に。執筆の舞台は貸本漫画から月刊少年誌、週刊少年誌、そして青年誌へと移り変わっていく。漫画一筋の人生は日本の漫画史そのものだ。
川崎のぼるは1941年、大阪生まれ。小学校5年のとき、手塚治虫の「新寳島」に出合い、手塚作品を模写して独学。16歳のとき、持ち込み原稿の貸本漫画「乱闘炎の剣」でデビューを果たす。漫画家を目指して頑張っていた59年、週刊少年誌「少年マガジン」「少年サンデー」が同時に創刊され、川崎も執筆陣のひとりとして活躍の場を得た。少年漫画は黄金期を迎えていた。
66年、「週刊少年マガジン」でスポ根劇画「巨人の星」の連載が始まった。原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる。その創作秘話が、時代背景、ライバル雑誌との熾烈な戦いも含めて詳しく描かれている。当時の少年誌にとって、野球漫画は不可欠なコンテンツ。「少年マガジン」の編集者は梶原一騎を口説き落とし、原作を託す。これはただの野球漫画ではなく、野球に命を懸けたひとりの男の人生のドラマなのだ、と。
すでに人気漫画家の仲間入りをしていた川崎は、多忙を理由に作画を固辞するが、しぶとい編集者に根負けした。原稿用紙のマス目からはみ出さんばかりの原作原稿の勢いにも心を動かされ、原作に負けない絵を描こうと決意する。こうして、5年にも及ぶ連載がスタートした。編集者、原作者、漫画家、それぞれの熱と本気が、あの傑作を生み出したことがよく分かる。主人公・星飛雄馬が流す滝のような涙、目の中で燃える炎、背景の巨大な夕日。読者にはなじみのある場面の創作秘話も川崎自身の口から語られている。
「巨人の星」だけでなく、初期の西部劇や時代劇、「いなかっぺ大将」「荒野の少年イサム」「フットボール鷹」「ムサシ」など多彩な作品の裏話や作画術が明かされ、原画もふんだんに掲載されている。漫画好きなら大いに「漫勉」できるし、往年の読者なら自分の若き日を重ねて楽しめそうだ。
(集英社 2530円)



















