「古書贋作師 トマス・ワイズ」ジョセフ・ホーン著 倉田真木訳ワイズの悪行と探偵コンビの知的な謎解き
「古書贋作師 トマス・ワイズ」ジョセフ・ホーン著 倉田真木訳
1930年代の英国で、よくできたミステリー小説のような詐欺事件が起きた。英国随一の希少本コレクターとして知られる文学研究者トマス・ワイズが、古書贋作の張本人だったことがわかったのだ。自分が偽造した本を自分で本物と権威づけ、古書商やコレクターを手玉にとった。労働者階級から身一つで成り上がったワイズは、執念ともいうべき収集欲を満たし、ライバルを出し抜くために贋作に手を染める。やり口は次第にエスカレートしていった。
本作はワイズを軸にした犯罪ノンフィクションだが、ほかにも主役級の人物が登場する。若き古書商ジョン・カーターとヘンリー・グレアム・ポラード。2人は贋作師ワイズに対抗する探偵役として活躍する。ワイズが出品した本に違和感を持った2人は、粘り強い調査と科学的分析を行い、権威ある大物に挑んだ。ワイズの悪行と探偵コンビの知的な謎解きが並行して描かれる。
カーターとポラードは、活字の「f」の縦棒の曲がりや「?」の傾きに着目、活字が作られた時代や印刷所を特定する。使われた紙の素材を分析し、発行年代と矛盾する近年の素材であることもつきとめた。こうした緻密な調査を積み重ね、ビクトリア時代の初版本とされる高価本が、実は紙くず同然の偽物であることを明らかにした。では、誰がやったのか。ワイズにたどり着くまでには、さらに時間がかかった。ワイズは偽造本の根絶や海賊版の告発に努めてきた人物だったからだ。
およそ100年前のロンドンを舞台に繰り広げられる古書贋作師と古書商探偵の対決は、シャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロが活躍する探偵小説のようだ。この時代は後に本格ミステリーの黄金期といわれるのだが、カーターとポラードも探偵小説に大いに触発されていた。
本作には、ブラウニング、シェリーといった有名な詩人やその作品の一節が登場し、英国文学の薫りが漂う。名だたる作品の初版本や私家本はコレクターの垂涎の的だった。本物へのあくなき欲望が偽物を生む。権威の言うことならフェイクでも信じる。人は今も昔も変わらないようだ。 (早川書房 3960円)



















