山﨑武司 これが俺の生きる道
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星野監督は別に嫌いじゃないが…「何でそんなに星野に歩み寄らんのだ?」に返した一言
星野仙一監督が就任した2010年オフから、やはりチームの空気は一変した。秋季練習やキャンプでは選手による声出しがルーティンになった。 「声にスランプはない」というのが監督の持論。中日時代はベン…
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星野監督は開口一番に「引退勧告」 俺が“邪魔な存在”であるとヒシヒシと伝わってきた
闘将との再会が待っていた。 2010年9月末、マーティ・ブラウン監督の解任発表からわずか数日後、新監督候補に阪神でシニアディレクターを務める星野仙一さんが浮上しているとメディアが報じた。中日…
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ブラウン監督は2年契約なのに1年でクビ…楽天には長い目で見たプランがないのでは、と
40歳を越え、日に日に体の衰えを感じるようになっていた。2010年の後半になると、試合中にバッティングフォームの崩れを自覚するように。「あれ、おかしいな……」という違和感を拭いきれないようになってき…
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白井球審への“侮辱行為”で退場した一部始終「何やおまえ、いい加減にしろよ!おまえも未熟なんだから…」
「ここは我慢するんだ!」 熱血漢であるマーティ・ブラウン監督が俺を必死に止めていた。 2010年7月27日、熊本の藤崎台球場でのソフトバンク戦。五回の打席で事件は起きた。 1ボ…
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プロ初の代打満塁ホームランも…涙がこぼれた理由は、歯がゆさと悔しさだった
2009年限りで野村克也監督が退任し、マーティ・ブラウン新監督になった。 普段から明るくて、義理と人情に厚い男。退場の多さ(監督として史上最多の通算12回)でもよく知られ、広島時代は「ベース…
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野村監督の「選手とは一線を引け」はウソ 俺はプライベートで2度韓国に行っている
「選手とは一線を引け」 野村克也監督は自分の著書にそんなことを書いていた。その本を読んで俺は思った。 「これ、ウソだな」 なぜかというと、俺は野村監督と現役時代に2回、プライベー…
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野村名誉監督が星野新監督に放った辛辣な言葉「俺の後にやって来て、すぐに優勝をかっさらっていく」
2009年、野村克也監督は楽天を球団創設史上初のAクラス(2位)に押し上げた。CS(クライマックスシリーズ)のホーム開催権を勝ち取った後も「契約満了」による退任は覆ることはなかった。事実上の解任。野…
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日本ハムとの合同胴上げの舞台裏…高齢だから「絶対に落としちゃダメだ」という緊張感があった
2009年、2位になった楽天は球団創設以来初のAクラス入りを果たし、クライマックスシリーズ(CS)に進出。しかし、野村克也監督の退任は「契約満了」を理由に、覆ることはなかった。 ファイナルス…
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「もっとみんなと野球がしたかった」 野村監督が退任発表とともに大粒の涙をこぼした
楽天が2位になった2009年、創設5年目で初のAクラス入りを果たし、CSに進出。野村克也監督は契約最終年だったが、続投は当然だと思われていた。 しかし、ソフトバンクと2位、3位争いをしている…
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野村監督は事実上の“解任”だった 仮にCS突破で日本一になったとしても未来はなかった
2009年、楽天は球団史上初の2位でクライマックスシリーズ(CS)に進出。個人的にも41歳で39本塁打、107打点(ともにリーグ2位)とチームに貢献できた一年だった。 活躍できたシーズンのオ…
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俺が41歳で「2年5億円」の大型契約を掴んだ作戦…楽天査定担当に提案「来季、もし…」
2007年、楽天は球団創設以来初めて最下位を脱出(4位)。俺自身も43本塁打、108打点で2冠を達成、「バラ色のオフ」が待っていた。 楽天では球団創設以来、契約更改はずっと大トリ。下交渉は何…
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俺がDHでも試合前のシートノックに出続けた思惑…ベンチでふんぞり返るだけはイヤだった
DH。「指名打者」と呼ばれるそのポジションは、守備に就かない。そのせいか、「守備をしないから楽だ」と見られることもある。でも、同時に打撃で結果を出すことが絶対条件。打たなければ評価されない、責任の重…
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「おい、オマエ、挨拶に来てねえよな!」納会の二次会でラーメンをすする牧田明久にお灸を据えた
楽天時代、田中将大(現・巨人)や嶋基宏(現・中日ヘッドコーチ)に態度を注意したことがあったが、もうひとり俺がカミナリを落とした選手がいた。 ある年のオフ。宮城県の秋保温泉の旅館で開かれた選手…
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現中日ヘッドコーチ嶋基宏はオファー承諾に躊躇していたから、背中を押した
楽天でチームメートだった嶋基宏が今季から中日のヘッドコーチを務めている。野村克也監督が育てた最後の捕手ともいわれている。 野村監督には「捕手は賢くなければ務まらない」という持論がある。その一…
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嶋基宏は一時期ノイローゼ状態になっていた...心ここにあらずで、魂が抜けた状態に
2008年に入ると、俺はいつしか楽天で「番長」のような立場になっていた。当時、楽天はキャプテン制度がなく、「C」マークをつけていたわけでもなかった。でもベテランとして、人生の先輩として、いけないこと…
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アラフォーからの大逆襲に…「筋肉増強剤」「違反バット」のあらぬ疑いをかけられた
2007年、38歳で本塁打王と打点王の2冠を手にした。 プロの世界では下降線となる年齢。というか、現役を続けられる選手すら多くはいない。にもかかわらず、タイトルを2つも取ったものだから、あら…
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2人の助言で天敵ソフトB和田毅を攻略…すると本人から記者を通じて「探り」を入れられた
長くプロ野球選手をやっていれば、苦手な投手が出てきてしまうもの。それがソフトバンクの杉内俊哉(現・巨人一軍投手チーフコーチ)であり、和田毅だった。 和田には、外角のスライダーでカウントを稼が…
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「もう出たくないなあ…」という俺の愚痴を聞きつけた野村監督が放ったひと言
「うまくやるより全力でやれ」 野村克也監督にはたくさんの金言をもらってきたが、わざわざ色紙に書いてもらったフレーズがこれだ。 ある年のシーズンオフ、知人に監督のサインを頼まれたことがあ…
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田中将大が楽天を去った本当の理由…退団から巨人移籍までに俺とした“3度の電話”の中身
2007年に楽天に入団した甲子園のスーパースター、田中将大(現巨人)もはや37歳。今年で巨人移籍2年目を迎えた。21年にメジャーから楽天に復帰。23年10月に右肘をクリーニング手術した影響もあってか…
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「ダルの真似なんかしてんじゃねえよ」 田中将大にこうハッパをかけた真意
「マー君」こと田中将大(現巨人)の代名詞といえば、三振を取ったときに見せる闘志むき出しのガッツポーズ。駒大苫小牧高時代から感情を前面に出すスタイルが印象的だったが、プロ1年目、入ったばかりの頃はおとな…
