「事件を起こしそうです」 山田久志監督と対立、編成・井手峻さんに巨人かヤクルトへのトレードを直訴した
「チームを奈落の底へ落としてしまう選手がいる」
2002年7月26日の阪神戦でサヨナラ負けを喫した翌朝、中日スポーツを開いた俺は、山田久志監督の試合後のコメントを見てカチンときた。
「ハッキリと俺って言えよ」と思った。名指しはしていないが、その選手が俺だというのはすぐに分かった。その日の試合前練習で山田監督に「俺だってハッキリ名指しで言ってくださいよ」と問いただすと、山田監督はこう言った。
「おまえとは限らんぞ」
もうこの人の下では働けない。そう確信した。
そこからは二軍漬けの日々。ファームの監督だった大橋穣さんには「好きなようにさせてもらいます」と宣言して、1打席目だけ立って「じゃあ」と言って早々とナゴヤ球場を後にした。今思えば態度は最悪だった。
その足で建築中だった新居の工事現場へ。大工さんたちと昼食を食べながら、建築の状況を教えてもらい、自宅ができていく様子を眺める日々が続いた。ファームで飼い殺し状態だったため、新聞では「不良債権」と書かれたこともあった。


















