だから山田久志監督とは決別した 「殴って辞めたろうかな」妻に相談すると…
2001年オフ、FA権を行使した上で、中日残留を決めた。しかし、オープン戦から調子が上向かない。開幕後も復調できずにいると、開幕6試合目でスタメン落ち。そして4月29日、二軍行きを告げられた。
FA交渉中は「一緒に頑張ろう」と引き留めてくれた山田久志監督だが、見切りの早さには驚いた。起用方法を決めるのは監督。それ自体に文句はなかった。「まだここから調子を上げられる」と思っていただけに、モヤモヤは募った。
二軍暮らしが2カ月以上続き、7月に入ってようやく一軍に昇格。16日のヤクルト戦で左腕の藤井秀悟からシーズン2号を打った。その後もスタメンと代打を行き来する日々が続き、26日の阪神戦(甲子園)で“事件”が起きた。
この日スタメンだった俺は、3タコと結果を残せずにいた。試合が3対3の同点で迎えた九回表、1死満塁のチャンスで4打席目が回ってきたが、空振り三振に終わった。その裏、蔵本英智のエラーでサヨナラ負け。翌朝、中日スポーツをめくると、こんな山田監督のコメントが載っていた。


















