『アイム・ア・ルーザー』雑なハーモニカの使い方に表れる「時代の寵児」の影響
アルバム『ビートルズ・フォー・セール』(1964年12月4日発売)③
■『アイム・ア・ルーザー』
1曲目の『ノー・リプライ』に続いて、2曲目のこの曲もジョンの曲。
1964年8月28日、ビートルズがついに、ニューヨークのホテルでボブ・ディランと対面する。
すでに前年『風に吹かれて』をリリースし、乗りに乗っている、というか、まさに「時代の寵児」となっているディランだ。
有名な話だがこのときディランは、ビートルズの面々にマリフアナを教えている。つまり、まぁいってみれば、中期以降のドラッグ期ビートルズへのキッカケを作ったのがディランということになる。
メンバーの中で、もっとも好奇心旺盛だった当時のジョンが、目の前の時代の寵児から影響を受けないはずがない。この『アイム・ア・ルーザー』は、ジョンがディランの影響下で作った最初期の曲となる。
歌い方はちょっとディランの物まねのようになっているし、『プリーズ・プリーズ・ミー』とはまるで違う、ちょっと雑なハーモニカの使い方もまさにディラン的。
そして「ぼくは負け犬」と繰り返す、しみったれた歌詞にも、ディランに触発された影響が大きかったのではないか。
ディランにも触発されながら、内省的な思索を深め、ジョンが、どんどん「あのジョン・レノン」になっていく。
■『エヴリ・リトル・シング』
ビートルズを聴いておくと、その後の洋楽・邦楽について「あ、これもビートルズが元ネタなのか」と何度も驚くことになる。
今や日本で「エヴリ・リトル・シング」といえば、持田香織のいるあのユニット、略して「ELT」のこととなるが、元ネタはこの曲だ。
「あの娘がしてくれる、どんな小さなことも僕のため」──ついさっき「俺は負け犬」と歌っていたのに、ここではめっちゃリア充やんけ。
サウンド的には、何といってもティンパニの導入がポイントだ。すでに述べたように、4トラックのレコーディングになっていて、録音できる音数に余裕が生まれた結果、こういうチャレンジも可能になった。
ティンパニを叩いているのはリンゴ。ついこの間まで、リバプールの悪ガキだったリンゴが、クラシック打楽器の王様みたいなティンパニを叩くのは、どんな気分だったろう。♪ダッ・ダン!
そういえば、私が中1のとき、アリス『夢去りし街角』(79年)という曲に入っているティンパニを「かっこいいな」と思いながら聴いていたのだが──あれもビートルズが元ネタなのか。♪ダッ・ダン!
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