楽天
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「ダルの真似なんかしてんじゃねえよ」 田中将大にこうハッパをかけた真意
「マー君」こと田中将大(現巨人)の代名詞といえば、三振を取ったときに見せる闘志むき出しのガッツポーズ。駒大苫小牧高時代から感情を前面に出すスタイルが印象的だったが、プロ1年目、入ったばかりの頃はおとなしくて無口で、まるで「お客さん」だ...
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田中将大はピンチのマウンドで「来るな」オーラを漂わせ…最初は「話聞けよ」と思った
2007年、鳴り物入りで楽天入りし、チームメートになった田中将大(現巨人)に興味津々だった。投手としての実力はどんなもんなんだろう。早く打席でボールを見てみたいと思っていた。 “初対戦”はキャンプのシート打撃。将大が打撃投手を...
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入団直後の田中将大を一喝「天狗になってんじゃねえのか?」 「絶対に許さないからな!」
2007年、楽天に甲子園のスターが入ってきた。駒大苫小牧のエースだった田中将大(現巨人)だ。06年夏の甲子園の決勝で早稲田実業と引き分け再試合の末に敗れた。最後は打者として、早実のエース斎藤佑樹と対戦。三振に倒れた。 野球史...
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野村監督の“二面性” 「俺は差別せん」と言いながら…冷遇された平石は腐りかけた時期がある
「俺は差別はせん」 野村克也監督はよくこう言っていた。でも、チームメートの平石洋介に対しては違った。 「おまえは田尾(安志前監督)の縁故だろ」 こんな嫌みを言うことも。田尾さんも平石も同志社大学出身とはいえ、やっ...
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秋頃に自覚、「ノムラの考え」に傾倒していつしか“野球好きの少年”に戻っていた
ある年の夏場、練習日をオフにしてほしいと野村克也監督に直談判すると、あっさり許可してくれた。 俺はこの頃、野村監督のことをまるっきり勘違いしていたと痛感していた。会って話すまでは一方的でワンマンな性格だと思っていたが、こんな...
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野村チルドレン「長男」の自負がある 次第に“直談判”で休日申請するようになった顛末
「おまえ、子供が可愛くねえのか。俺は克則が可愛いんや」 楽天時代、野村克也監督が島田亨球団社長に言った言葉だ。エコヒイキで何が悪い、と開き直る監督の親バカっぷりに思わずズッコケた。 思えば、俺もずいぶん可愛がってもらっ...
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クレーム殺到の“親バカ起用” 球団社長を唖然とさせた野村監督の「言い分」に俺までズッコケた
楽天では2005年の球団創設時から、礒部公一が初代選手会長とキャプテンを務めていた。06年に就任した野村克也監督は、開幕から打撃不振に陥ったチームリーダーをとても気遣っていた。 「たった1打席であいつのプライドを傷つけたくない...
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チームの顔・礒部公一に代打騒動勃発 「お前が決めろ」野村監督の突然のフリに泡を食った
楽天が創設された2005年当初、チームリーダーは礒部公一だった。初代選手会長と主将に就任した礒部は近鉄バファローズ(現オリックス)最後の選手会長でもあり、球界再編のときは先頭に立って現場の意見を訴えていた。チームの牽引役にふさわしい...
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負け癖がついたチームに危機感 “立場”をわきまえていたが、一線を越える決意をした
2006年8月22日。雨中の岩手県営野球場で行われた日本ハム戦。楽天は、九回裏を迎えて3対10の大差で負けていた。 「九回は打席が回ってこんだろうな……」とタカをくくり、ベンチ裏でベトベトになったユニホームを脱ぎ、アンダーシャ...
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野村監督を激怒させたベンチ裏の一幕…翌日なおキレ続ける姿に俺は内心苛立った
「野村再生工場」。弱かったチームを優勝させ、結果が出ずにくすぶる選手の才能を開花させる。野村克也監督の手腕はそう呼ばれた。俺もそこで「再生」できた一人だ。 監督が口癖のように言っていた言葉がある。 「弱いなら、弱いなりに...
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野村監督は「大いに結構」「必ず振れ」…“三振恐怖症”で錆びついた意識を根本から変えてくれた
「いくらでも三振してこい」 2006年、野村克也監督に言われた言葉に衝撃を受けた。 中日時代、星野仙一監督には「三振するな」と言われ続けてきた。三振してベンチに帰ってくれば怒声を浴び、ある時は罰金も取られた。三振が続く...
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「ダメなら…潔く辞めればええやろ」 “ノムラの金言”は俺の考え方を百八十度変えた
「ノムラの金言」 野村克也監督が残した言葉の数々を、周囲はそう呼ぶ。 俺も楽天で指導を受けるようになり、多くの金言をもらった。 「まずは野球を好きになりなさい」 監督と話すようになって早々に言われた言葉だ...
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本能で野球をしていた俺に「最後は“頭”や」 野村監督の助言をめんどくせえなと思った
2006年、楽天の2年目から野村克也監督のもとで野球をやることになった。キャンプ初日から挨拶を無視され、第一印象は最悪。しかし、半月後の“呼び出し”を境にコミュニケーションを取れるようになった。 野村監督が俺を気にかけてくれ...
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野村のオヤジが出したクイズ「ノートを取らないバカタレはお前の他にもう一人。当ててみい」
2006年、楽天に野村克也監督が就任すると、ミーティングの様子は一変。キャンプ前半はすべて「人生訓」に時間が割かれた。野村監督は1時間半、ホワイトボードに「ノムラの考え」を書き、選手はそれをひたすらノートに取る。しかし、俺はメモすら...
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《ホームランテラスを破壊しろ!》楽天ファンが怒り呆れる自滅的なチグハグ補強
またもや味方に牙を剥いた。 楽天の本拠地「楽天モバイル最強パーク宮城」に今季から新設されたホームランテラス。外野フェンスを最大6メートル手前に動かすなど、外野のふくらみを抑えることによる本塁打量産が狙いだ。 現在“テ...
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恐るべき「ノムラの観察眼」 サボりを見抜くと監督付広報を派遣、“ノートチェック”を実施した
2006年、野村克也監督が就任。春のキャンプでは初日から半月もの間、無視され続けた。 野村監督といえば、情報やデータを重視する「ID野球」で結果を残してきた理論派の名将。一方で俺が大切にしてきたのは義理と人情。プロ1年目から...
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「おい、おまえ、生意気なんだよ」 野村監督は俺の挨拶を“ガン無視”、暴れたろうかと考えた
2006年、野村克也監督が楽天の指揮官になった。名前を聞いた瞬間、「なんじゃそりゃ、最悪だ」と崩れ落ちた。ここにきて、なぜ野村監督なんだ。ほとんど接点はなかったものの、「ID野球」「野球に厳しく選手を褒めない」というイメージが強く、...
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田尾監督には感謝しかない 電撃解任の際は一緒に辞めるつもりだったけど…
楽天1年目の2005年。田尾安志監督から打撃の熱血指導を受けた。監督はこれまで続けてきた前さばき打法を「絶対打てないぞ~」と爽やかにバッサリ。後ろ足重心でボールをギリギリまで呼び込む正反対のスタイルに変更した。 人の言うこと...
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人の言うことを素直に聞いてみるもんだ 意地やプライドを捨てて田尾監督に従い実感した
2005年2月、楽天の初代メンバーとして春季キャンプを迎えた。プロ野球再編による分配ドラフトの影響で、当時の楽天は寄せ集め集団。キャンプ初日、選手たちのレベルの低さに驚いたのと同時に、「俺の生きる場所があるかもしれない」と活路を見い...
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「見えている地雷」と散々も…楽天・辰己涼介 “無念の残留”で気になる今季の働き
悪評、不評を吹き飛ばせるか。 開幕からバットが止まらない楽天の辰己涼介(29)。3日の西武戦では四回に適時打を放つなど、もっか打率.391。6試合に出場し、無安打は1試合しかない。 オフにメジャー挑戦を求めて球団にポ...
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レベルの低い“寄せ集め集団”を見渡し、失った自信を取り戻した感覚があった
2005年に新規参入した新球団「楽天ゴールデンイーグルス」で再スタートを切った。春のキャンプは沖縄の久米島。袖を通したクリムゾンレッドの7番は、オリックス時代のチームメートだった竜太郎から半ば強引に譲ってもらった。 入団前、...
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「楽天モバイル最強パーク宮城」は“ラッキーゾーン”で敵に塩…これではV争い球団の草刈り場
高々と宙を舞った白球が2発、“ラッキーゾーン”にポトリと落ちた。 1日、ソフトバンクは敵地仙台で楽天に快勝。開幕から5連勝と快進撃を続けている。この日は先発した新助っ人の徐若熙が6回無失点と好投したのもさることながら、試合を...
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「実績見たら当然だよな?」背番号7を“横取り”しても辻竜太郎に悪いとすら思わなかった
2004年オフに新規参入した楽天への入団を決意した。 契約交渉の相手は楽天の初代編成部長だった広野功さん。初めは「年俸3000万円」を提示されたが、「年俸5000万円+出来高払い」にしてもらった。 広野さんといえば、...
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現役続行へ背中を押した息子の一言 楽天ファンには悪いが「妙に楽な気持ち」で仙台行きを決めた
2004年オフ、オリックスから人生初の戦力外通告。現役引退を決めていたが、いろんな人たちが自分のことを気にかけてくれた。 まずはその年の日本シリーズ(中日×西武)で遭遇した田尾安志さん。03年にオリックスでお世話になったレオ...
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野茂英雄の代理人がなぜ俺に?「あなたのことを『助けてやって』と頼まれた」
オリックスを戦力外となった2004年オフ。現役引退を覚悟していた俺の携帯電話に、知らない電話番号からの着信があった。電話に出ると、案の定、聞き覚えのない声。代理人の団野村さんだった。 1995年にメジャーに挑戦し、ドジャース...
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クビになってからの逃避行 ミニカーファンの同志30人とエコノミーでドイツへ飛んだ
2004年9月5日、伊原春樹監督から「使えねえ」と吐き捨てられ、二軍落ち。「もう野球をやめよう」と決意した。 ロッカールームにあった荷物をまとめ、自宅のある愛知に戻った。来年から何をしようか……と漠然と考えていた。 「...
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楽天4位・大栄利哉は幼少期に被災、トヨタ自動車投手の兄と歩んだ二人三脚
「弟は何がなんだか分からなくて、すごく泣いていました」 そう話すのは、大栄利哉の兄・陽斗さん(24)。現在、社会人野球のトヨタ自動車硬式野球部(愛知県豊田市)で投手を務める。 2011年3月11日。東日本大震災は野球少...
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海外FA則本昂大に古巣から「なんだ結局、巨人か」のシラけた声 オファーがあったメジャーも蹴った
「なんだかな、という感じです」 楽天のチーム関係者がこう言った。16日に発表された則本昂大(35)の巨人入り。メジャー入りを目指して海外FA権を行使した元エースのまさかの結末に、 「メジャー挑戦は則本の長年の夢で、その思...
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楽天からFA則本昂大は“巨人入り”最有力 「すでにオファー」の情報も
実績十分の右腕が突然、FA市場に現れた。 米大リーグ移籍を目指し、楽天から海外FA権を行使した則本昂大(35)が、メジャー移籍を見送り、移籍先を国内球団に絞ったのだ。米球界関係者によると、メジャー球団からオファーは届いたもの...
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辰己涼介は楽天残留が濃厚 ソフトバンク東浜巨らFA行使“残り物”たちの気になる行方
今井達也はアストロズ、岡本和真はブルージェイズ入りが決定。このオフ、FAやポスティングによる移籍を目指す選手の新天地が続々と決まる中、いまだ中ぶらりんの3選手がいる。 則本昂大(35)、辰己涼介(29)の楽天コンビは明暗が分...
