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楽天が吉井理人新監督で劇的初勝利! 残り76試合、大逆襲の一歩になるか
最後の最後にドラマが待っていた。 吉井理人新監督(61)の楽天は22日の西武戦で7-7の延長十二回、2死二塁から黒川がサヨナラ打。就任3試合目で初勝利を手にした吉井監督は「本当に選手が頑張った。一歩ずつ前に進んでいる」と選手...
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【最終回】楽天の監督就任会見で「まずは勝つぞという強い気持ちを…」に込めた真意
「これから勝っていくために必要なことを、ひとつひとつやっていこうと思っていますけど、まずは勝つぞという強い気持ち。そこをもう一度、みなに再確認してもらい、取り組んでいって欲しいと考えています」 去る17日、楽天の監督就任会見で...
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楽天吉井新監督に期待 不安の声もあるが、“お友達組閣”という日本球界独特の風習はおかしい
正直、驚いた。 楽天の新監督に吉井理人(61)の就任が正式決定し、リーグ戦が再開される19日から指揮を執ることになったのだ。 楽天は10日未明に三木肇監督の休養を発表し、塩川達也ヘッドコーチが監督代行として采配を振っ...
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吉井楽天は「投手陣再建待ったなし」…初戦の大逆転負けでハッキリ
豪快な逆転負けを喫したのが、吉井理人新監督(61)の初陣となった楽天だ。 19日のロッテ戦は、村林をベンチスタートとし、「8番・遊撃」でワォーターズを抜擢。1番・平良、2番・辰己を配した新打線は初回、辰己が7球粘って四球を選...
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楽天・吉井理人“全権監督”にかかる期待…三木谷オーナー肝煎り、異例づくし電撃就任の深謀遠慮
シーズン中に外部から監督を招へいするのが異例なら、楽天の三木谷浩史オーナー(61)が監督の就任会見に同席するのもまた異例だった。17日、仙台市内で行われた吉井理人監督(61)の就任会見に関してだ。 「会見の同席は三木谷オーナー...
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異例の人事が“対岸の火事”では済まない3球団…楽天・吉井新監督はシーズン途中の外部招へい
シーズン途中に外部から吉井理人新監督を招へいした楽天。三木肇監督の退任からわずか1週間での異例の人事となった。楽天の動きは、他球団にとっても対岸の火事では済まない。 その筆頭は、今季22勝41敗1分けの借金19を抱えて最下位...
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“電撃就任”楽天・吉井理人新監督がつい先日語っていた「理想のチーム像」
電撃人事だ。 楽天の新監督に昨年までロッテを率いた吉井理人氏(61)の就任が決まった。 15日現在、23勝39敗1分けの借金16でリーグ最下位に沈む楽天は10日に三木肇監督(49)の休養を発表。塩川達也ヘッドコーチ(...
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責任取らない楽天・石井一久GMの“雲隠れ”に初代監督も苦言…パワハラ安楽事件にダンマリの過去
三木監督の電撃休養、塩川ヘッドコーチの監督代行就任で揺れている楽天。塩川監督代行の初陣となった10日、巨人に敗れて自力優勝が消滅すると、11日は大幅な打線のテコ入れを行った。 浅村をベンチスタートさせ、助っ人のマッカスカーを...
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日本ハムとの合同胴上げの舞台裏…高齢だから「絶対に落としちゃダメだ」という緊張感があった
2009年、2位になった楽天は球団創設以来初のAクラス入りを果たし、クライマックスシリーズ(CS)に進出。しかし、野村克也監督の退任は「契約満了」を理由に、覆ることはなかった。 ファイナルステージ4戦目で梨田昌孝監督率いる日...
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楽天次期監督に「巨人・橋上代行」が急浮上!“短命政権”を繰り返すフロントの悪癖と思惑
10日未明に突然リリースされた楽天・三木肇監督(49)の休養。今季21勝36敗1分けの借金15でリーグ最下位に沈むチームをテコ入れすべく、塩川達也ヘッドコーチ(43)が監督代行として同日の巨人戦から指揮を執ることになった。 ...
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楽天・塩川達也監督代行とは何者か…野村克也氏から重宝された「悪く言えばイエスマン」
三木肇監督の電撃休養により、ヘッドコーチから抜擢された楽天の塩川達也監督代行(43)。どんな人物なのか。 楽天が球界に参入した2004年、球団初のドラフトで東北福祉大から5巡目指名で入団。内外野を守れる守備力がウリで、楽天の...
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「もっとみんなと野球がしたかった」 野村監督が退任発表とともに大粒の涙をこぼした
楽天が2位になった2009年、創設5年目で初のAクラス入りを果たし、CSに進出。野村克也監督は契約最終年だったが、続投は当然だと思われていた。 しかし、ソフトバンクと2位、3位争いをしている頃から今季限りでの退任が取り沙汰さ...
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野村監督は事実上の“解任”だった 仮にCS突破で日本一になったとしても未来はなかった
2009年、楽天は球団史上初の2位でクライマックスシリーズ(CS)に進出。個人的にも41歳で39本塁打、107打点(ともにリーグ2位)とチームに貢献できた一年だった。 活躍できたシーズンのオフは心が躍る。昔は契約更改の前から...
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俺が41歳で「2年5億円」の大型契約を掴んだ作戦…楽天査定担当に提案「来季、もし…」
2007年、楽天は球団創設以来初めて最下位を脱出(4位)。俺自身も43本塁打、108打点で2冠を達成、「バラ色のオフ」が待っていた。 楽天では球団創設以来、契約更改はずっと大トリ。下交渉は何度かあったが、この年も最後にハンコ...
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俺がDHでも試合前のシートノックに出続けた思惑…ベンチでふんぞり返るだけはイヤだった
DH。「指名打者」と呼ばれるそのポジションは、守備に就かない。そのせいか、「守備をしないから楽だ」と見られることもある。でも、同時に打撃で結果を出すことが絶対条件。打たなければ評価されない、責任の重いポジションでもある。 2...
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「おい、オマエ、挨拶に来てねえよな!」納会の二次会でラーメンをすする牧田明久にお灸を据えた
楽天時代、田中将大(現・巨人)や嶋基宏(現・中日ヘッドコーチ)に態度を注意したことがあったが、もうひとり俺がカミナリを落とした選手がいた。 ある年のオフ。宮城県の秋保温泉の旅館で開かれた選手納会でのことだ。 プロ野球...
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嶋基宏は一時期ノイローゼ状態になっていた...心ここにあらずで、魂が抜けた状態に
2008年に入ると、俺はいつしか楽天で「番長」のような立場になっていた。当時、楽天はキャプテン制度がなく、「C」マークをつけていたわけでもなかった。でもベテランとして、人生の先輩として、いけないことはいけないと言わなアカンと思い、後...
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日本球界出戻り前田健太の楽天入りは“失敗”だったのか…今季5度目の先発も三回途中KOのトホホ
白星が遠い。 メジャーから日本球界に復帰した楽天の前田健太(38=写真)が昨20日の日本ハム戦(エスコンフィールド)で今季5度目の先発。三回途中までに72球を要する苦しい投球で、4安打3四球、2失点でKOされ、またも今季初勝...
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アラフォーからの大逆襲に…「筋肉増強剤」「違反バット」のあらぬ疑いをかけられた
2007年、38歳で本塁打王と打点王の2冠を手にした。 プロの世界では下降線となる年齢。というか、現役を続けられる選手すら多くはいない。にもかかわらず、タイトルを2つも取ったものだから、あらぬ疑いをかけられた。 「筋肉...
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「ダルの真似なんかしてんじゃねえよ」 田中将大にこうハッパをかけた真意
「マー君」こと田中将大(現巨人)の代名詞といえば、三振を取ったときに見せる闘志むき出しのガッツポーズ。駒大苫小牧高時代から感情を前面に出すスタイルが印象的だったが、プロ1年目、入ったばかりの頃はおとなしくて無口で、まるで「お客さん」だ...
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田中将大はピンチのマウンドで「来るな」オーラを漂わせ…最初は「話聞けよ」と思った
2007年、鳴り物入りで楽天入りし、チームメートになった田中将大(現巨人)に興味津々だった。投手としての実力はどんなもんなんだろう。早く打席でボールを見てみたいと思っていた。 “初対戦”はキャンプのシート打撃。将大が打撃投手を...
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入団直後の田中将大を一喝「天狗になってんじゃねえのか?」 「絶対に許さないからな!」
2007年、楽天に甲子園のスターが入ってきた。駒大苫小牧のエースだった田中将大(現巨人)だ。06年夏の甲子園の決勝で早稲田実業と引き分け再試合の末に敗れた。最後は打者として、早実のエース斎藤佑樹と対戦。三振に倒れた。 野球史...
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野村監督の“二面性” 「俺は差別せん」と言いながら…冷遇された平石は腐りかけた時期がある
「俺は差別はせん」 野村克也監督はよくこう言っていた。でも、チームメートの平石洋介に対しては違った。 「おまえは田尾(安志前監督)の縁故だろ」 こんな嫌みを言うことも。田尾さんも平石も同志社大学出身とはいえ、やっ...
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秋頃に自覚、「ノムラの考え」に傾倒していつしか“野球好きの少年”に戻っていた
ある年の夏場、練習日をオフにしてほしいと野村克也監督に直談判すると、あっさり許可してくれた。 俺はこの頃、野村監督のことをまるっきり勘違いしていたと痛感していた。会って話すまでは一方的でワンマンな性格だと思っていたが、こんな...
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野村チルドレン「長男」の自負がある 次第に“直談判”で休日申請するようになった顛末
「おまえ、子供が可愛くねえのか。俺は克則が可愛いんや」 楽天時代、野村克也監督が島田亨球団社長に言った言葉だ。エコヒイキで何が悪い、と開き直る監督の親バカっぷりに思わずズッコケた。 思えば、俺もずいぶん可愛がってもらっ...
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クレーム殺到の“親バカ起用” 球団社長を唖然とさせた野村監督の「言い分」に俺までズッコケた
楽天では2005年の球団創設時から、礒部公一が初代選手会長とキャプテンを務めていた。06年に就任した野村克也監督は、開幕から打撃不振に陥ったチームリーダーをとても気遣っていた。 「たった1打席であいつのプライドを傷つけたくない...
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チームの顔・礒部公一に代打騒動勃発 「お前が決めろ」野村監督の突然のフリに泡を食った
楽天が創設された2005年当初、チームリーダーは礒部公一だった。初代選手会長と主将に就任した礒部は近鉄バファローズ(現オリックス)最後の選手会長でもあり、球界再編のときは先頭に立って現場の意見を訴えていた。チームの牽引役にふさわしい...
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負け癖がついたチームに危機感 “立場”をわきまえていたが、一線を越える決意をした
2006年8月22日。雨中の岩手県営野球場で行われた日本ハム戦。楽天は、九回裏を迎えて3対10の大差で負けていた。 「九回は打席が回ってこんだろうな……」とタカをくくり、ベンチ裏でベトベトになったユニホームを脱ぎ、アンダーシャ...
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野村監督を激怒させたベンチ裏の一幕…翌日なおキレ続ける姿に俺は内心苛立った
「野村再生工場」。弱かったチームを優勝させ、結果が出ずにくすぶる選手の才能を開花させる。野村克也監督の手腕はそう呼ばれた。俺もそこで「再生」できた一人だ。 監督が口癖のように言っていた言葉がある。 「弱いなら、弱いなりに...
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野村監督は「大いに結構」「必ず振れ」…“三振恐怖症”で錆びついた意識を根本から変えてくれた
「いくらでも三振してこい」 2006年、野村克也監督に言われた言葉に衝撃を受けた。 中日時代、星野仙一監督には「三振するな」と言われ続けてきた。三振してベンチに帰ってくれば怒声を浴び、ある時は罰金も取られた。三振が続く...
