現役続行へ背中を押した息子の一言 楽天ファンには悪いが「妙に楽な気持ち」で仙台行きを決めた
2004年オフ、オリックスから人生初の戦力外通告。現役引退を決めていたが、いろんな人たちが自分のことを気にかけてくれた。
まずはその年の日本シリーズ(中日×西武)で遭遇した田尾安志さん。03年にオリックスでお世話になったレオン・リーは、代理人の団野村さんに「山﨑を助けてやってほしい」と頼んでくれた。そして、愛工大名電の先輩である工藤公康さんからは、「できるなら、長くやった方がいいんじゃない?」と諭された。
それでも踏ん切りをつけられずにいると、当時8歳だった息子の大貴の言葉が頭に浮かんだ。
「パパ、野球やらないの?」
それまでは「プロ野球選手」という俺の職業にそれほど興味を示すことがなかった。家にずっといてダラダラする姿を見て気になったのだろうか。今思えば、妻が「パパに言って」とけしかけたのだろう。
もう野球を続ける選択肢は自分の中で「ゼロ」だったから、「うん、もうやめるわ」と答えた。
そのときはまだ楽天から正式なオファーがなかったこともあり、「プロ野球ってのは、やろうとしても雇ってくれるところがないとできないんだよ」とも付け加えた。


















