クビになってからの逃避行 ミニカーファンの同志30人とエコノミーでドイツへ飛んだ
2004年9月5日、伊原春樹監督から「使えねえ」と吐き捨てられ、二軍落ち。「もう野球をやめよう」と決意した。
ロッカールームにあった荷物をまとめ、自宅のある愛知に戻った。来年から何をしようか……と漠然と考えていた。
「評論家をやるにしても、テレビやラジオからオファーがなければどうしようもない。どこからも声がかからなければ、たこ焼き屋のおっちゃんになろうかな……」
プロ野球界は球界再編問題で大揺れ。オリックス・ブルーウェーブは近鉄バファローズとの合併が決まり、27日に両チームの最終戦が行われた。マネジャーを通じて伊原監督から「最後くらい一緒にやろう」と言われたが、「何を今さら」と突っぱねた。
シーズン終了後の9月28日、中村勝広GM(故人)から人生初の戦力外通告を受けた。中村さんは俺の再就職先を心配してくれた。
「おまえは島野(育夫)さん(04年当時は阪神フロント、05年に一軍総合コーチ就任)に可愛がってもらっとるから、次(の球団)はもう決まっとるんか?」


















