本能で野球をしていた俺に「最後は“頭”や」 野村監督の助言をめんどくせえなと思った
2006年、楽天の2年目から野村克也監督のもとで野球をやることになった。キャンプ初日から挨拶を無視され、第一印象は最悪。しかし、半月後の“呼び出し”を境にコミュニケーションを取れるようになった。
野村監督が俺を気にかけてくれた裏には、共通の知人の存在がある。角界の大御所、北の湖(敏満)親方(元横綱、元日本相撲協会理事長=故人)だ。
一軍に定着した頃、共通の支援者を通じて知り合って以来、俺はいつも「兄貴」と言って慕っていた。
毎年、名古屋場所では宿舎や理事長室にお邪魔した。俺の結婚式にも出ていただいたし、韓国旅行は5回以上行った。打撃が上向かないときはバッティングの助言をもらったこともある。
野村監督の就任が決まったばかりの頃、北の湖親方からこう言われた。
「武司、野村さんが楽天の監督になるんだってな」
「はい。終わりました……」
こう言って苦笑いを浮かべると、親方は「俺が電話しておいてやるよ」と言う。このときは社交辞令くらいにしか思っていなかった。
ところが後日、野村監督からこう言われた。
「北の湖から電話があったぞ。仲いいんか」
「はい、可愛がってもらっています」
「そうか」
会話はそれだけで終わったが、北の湖親方がつないでくれた大きな縁を感じた。
シーズンが開幕する頃には、野村監督と何げない会話もできるようになった。あるとき、唐突にこんなことを言われた。
「おまえ、野球が好きじゃないだろ。そもそも、野球に興味がないな」
「はい、好きじゃありません」
「何でや?」
「思うようにいかないからです。10割に近いのがプロなはずなのに、打者は10回打って7回失敗して超一流と言われる。全然うまくいかないから面白くないんです」
「……おまえ、
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