「東京坂道100景」皆川智彦著 雨の夜、坂が東京の新たな表情を浮かび上がらせる
「東京坂道100景」皆川智彦著
東京は世界でもまれな、起伏の激しい土地につくられた巨大都市だという。起伏が激しければ、そこに必然と坂が生まれる。
本書は、そんな東京の坂に魅せられ撮影を続ける「坂道写真家」の作品集。
著者が坂道の写真を本格的に撮り始めるきっかけとなったのは、港区六本木の「閻魔坂への階段(仮称)」だった。階段下の閻魔坂に隣接する墓地を背にして階段を仰ぎ見れば、坂の上はショークラブのネオンが瞬く華やかな世界。別世界のような坂の上と下を、なぜか緑色に塗られた階段がつないでいる。
港区赤坂の「福吉坂」は、この「閻魔坂への階段」とは反対に、建物と建物のはざまを下っていくと、ネオン街へと導かれていく。
豊島区高田では、左に下っていく「日無坂」と右に下っていく「富士見坂」がY路地をつくり出す。
日無坂は、旧岩槻藩大岡家と旧宍戸藩松平家の屋敷の境界に生まれた江戸の坂で、右の富士見坂は水道管を通すためにつくられた大正時代の坂。時代が交錯するY路地から眺めれば、遠くに林立する高層ビルの窓の明かりが瞬いている。
収録された写真は、ほとんどが夜景。それも雨の夜に撮られた写真が多い。
かつて政府高官や財界人が集った料亭の名を冠した北区上十条の「遊鯉園の坂」や、文京区小日向の「鷺坂」など、夜の雨は坂の存在を際立たせ、行きかう人々の持つ傘の色が、暗い風景に彩りを添える。
文京区千駄木の「しろへび坂」は、遠くに東京スカイツリーがそびえ立つビルの隙間を、階段を交えた坂道がくねくねと長く下る。街灯の明かりを反射して白く輝く坂道は、その名の通りまさに白蛇のようだ。
人が坂道にひかれるのは、先の見えない面白さもその一因だと著者はいう。下からは上が見えず、上からは下が見えない。「そのため、坂の向こうには何があるのか、自然と想像力をかきたてられる」と。
新宿区新宿の「梯子坂」は、梯子を登るような急坂ゆえにその名をつけられたという。坂の下には昭和27年創業の老舗銭湯があり、その軒先から漏れるかすかな明かりに、連れが出てくるのを待つかのように道の端の電柱の前に立つ風呂上がりと思われる男性がぼんやりと浮かび上がる。はたして2人はこの急坂を上って帰るのか、それとも坂を背にして帰るのか。
他にも、綿菓子を持った後ろ姿が縁日の出店でにぎわう「天神坂」(港区高輪)に向かっていく作品など、一枚一枚の作品からさまざまな物語が立ち上がってくる。
中には地図にもどこにも記されていない、人一人が通るのがやっとのような狭小階段など、都内の有名無名の坂100景が、知られざる東京のもう一つの表情を伝える。 (小学館 7700円)


















