萩本欽一〈50〉世にも奇妙な父の最期「医師が『ご臨終』と言った後に、首がぐーって動いてさ」
毎日打たなくちゃいけない注射も1日おき
萩本「でね、別の話だけど、このあいだある主治医の先生が『萩本さんの話をデータで使っていいですか?』って言うんだよな。『何ですか?』って聞いたらね、『萩本さんと話をしていると、患者としての珍しい意見を言うんで、すごく興味があるんです』って。『私たち医者って患者さんが何か言ってくれて、そのデータを集めることで、それで自信をもって別の患者さんに言えるんです』って言うの。でも、ほとんどの患者はしゃべらないそうなんです。この薬が効くっていっても、それはつまり『医学的に大丈夫っていう保証があって製薬会社がいいよって言ってるだけで、患者さんからの生の声ってなかなか聞けないんですよね』って言うんだよ」
増田「そうなんですね」
萩本「うん。『それを萩本さんは細かに説明してくれるんで、別の患者さんが同じようなことを言ったら、あ、やっぱりそうかって言える』って言うの」
増田「なるほど」
萩本「俺、病院で、これを毎日打ってくださいって注射をもらったわけ。1カ月分ってもらってきたんだけど、俺、ある日から1日おきにしか打ってなかったの。医者が『萩本さん、なんで打たなかったんですか?』って。それで俺、『薬っていうのはね、打つとどういいのか、打たないとどう悪いのかっていうのを自覚しないで打つのがよくないんで、自分でノートつけてたんです』って答えた。その結果、『こういう時に打ってみるとこんなに効くみたい』っていうふうに言ったの。医者が驚いて『そういう患者はいないですからね』って。だから俺『じゃあ1日おきでもいいですか』って。そしたら『打たないっていうのもありますよ。欽ちゃんがそうしてますって言うと患者が安心するからデータの1つに名前を出してもいいですか』って言うから『どうぞどうぞ出してください』って(笑)」
増田「興味深いお話ですね」
萩本「そうでしょ」
増田「なんだか医学的な勘みたいなのを持っているんでしょうね」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















