中村文則氏が説く国際問題と日本社会の行方「政治が変わると社会は良くなる。日本は自律を失い、他律で非常に怖い」

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 純文学作家の中村文則氏(46)が、自身の最高傑作という『』(講談社)を上梓し、話題になっている。先が見えない“列”に並び続ける「私」の人間模様を通して、日本社会を風刺した作品だ。これから世界はどう変化していくのか、民主主義は改善できるのか、日本社会の行方を聞いた。

 ◇  ◇  ◇

 ──「列」のインスピレーションはどこから?

「列」は突然浮かんだアイデアです。最初に思い浮かんだのは、大勢の人が得体の知れない長い列に並んでいるけれど、自分がなぜ並んでいるのか分からない、しかも不思議なことにその列から脱出できない……というもの。パンデミックの閉塞感と結びついたのかもしれません。自分もコロナ禍で家にこもる時間が多くなり、驚くほど集中できるようになったんです。仕事も最小限だけを受け入れ、2年半ほどこの小説に専念しました。

 ──社会人に寄り添っているように感じました。

 人はどうしても比較してしまうし、競い合ってしまう。自分の幸せがこれ以上増やせないと、他人に羨ましがってもらって幸せを増やそうとするし、自信がない時は羨んでもらって幸せを補強します。SNSの登場で、人類は最も比べ合う時代に突入しています。気がついたら自己肯定感が低下し、自信を失っている。このつらい状況を「列」で表現できると思ったし、希望も描きたかった。それが寄り添う感じになったのかもしれません。

 ──従来から人間の悪い面を書き続けていますが、「現実から目をそらすな」といったニュアンスもありますか。

 基本的に人は都合の悪いことは知りたくないし、聞きたくありません。正常化バイアスが働き、「大丈夫だろう」と思いたがる。ある被害者が発生すると、それが社会の問題だと考えなくてはならないので、「被害者にも落ち度があった」と見る傾向があります。被害者のせいなら考えずに済むからです。

 例えば、誰かが政権批判すると「余計なことを言うな」と反発して、結果的に政権を肯定するようになる。すると被害者が自己責任を負わされる悪循環が生まれ、社会は改善されず、衰退していく。最近はこの衰退が明白になり、アベノミクスの失敗にもやっと疑問が投げかけられています。

 ──社会や会社の仕組みが我々を苦しめているのでしょうか。

 社会全体が比較し、競争するようにできています。昔は並んでいれば年功序列で少しは対処できたけれど、今は並んでも報われないし、自分が並ぶものに未来がある保証もない。肯定的に捉えるなら、この列がダメでも他の列に並ぶ選択肢もあると言えるでしょう。ただ、希望に満ちた感覚は社会から失われつつあると感じています。

 ──我慢するだけで前へ行ける時代ではなくなり、精神を病んでしまう人も多いです。

 不景気だけでなく、急激な好景気でも社会は乱れます。なぜなら成功者を見ると欲望が刺激されるから。叶えられない欲望はストレスと苦痛に変わります。要するに差が広がると社会は病むわけで、これを踏まえると今は最悪で、格差社会が一番いけない。不景気でかつ格差だから、成功者を見るたびに欲望が刺激されるけれど、ほとんどの人はそれを達成できません。

 テレビCMも格差が広がっていて、富裕層向けのものとして、観た人間の9割以上が買えない豪邸や、美しい家族が映し出される。あれだけでもストレスを感じる人はいるでしょう。

 自殺は減少していますが、それは心療内科などに敷居なく行けるようになり、薬の効果で防げている面がある。精神疾患を抱える人は増加していて、それは社会が間違っているから。社会や文化が人々を助ける方向に向いていない。気晴らしの文化はたくさんありますが、根本的に人々を救う文化は減少している。今こそ文学は必要だと思います。

 ──世界情勢をどう見ていますか。

 最悪ですよね。戦争を止められない世界のままなんだと感じます。戦争はほぼ必ずPR会社が介入し、憎しみを煽るプロパガンダが行われますが、人々はその影響を受けやすい。ネットやテレビなどの光る画面は、前頭葉を抑制的にすると言われているけれど、現代のその効果に驚かされます。戦争のきっかけを、報道通りに受け取るのは大変危険です。

 人間の脳は善悪の二元論にいきやすく、そちらの方が気持ちいいので、PR会社はそれを利用する。歴史的にずっとされてきたことです。戦争が終わってから、そうだったのか、という真実がいつも少しずつ出るようになる。

 ロシアのウクライナ侵攻は、ロシアがいきなりウクライナを攻めた、みたいに報道しているのは日本くらいです。意外だったのはロシアがキーウまで攻めたことで、東側ではずっと争いは続いていて、アメリカやヨーロッパの利権も絡んでいます。背景にあるのは、今ロシアが実効支配している辺りにある、ウクライナの天然ガスと言われています。これを西側は欲しい。ロシアはそのガスが西側の管理下に入ることで、対ヨーロッパにガスを輸出している自分達の利権と影響力が取られるのを恐れているといいます。

 ロシアのような強硬的な国の隣国は、理不尽だけども、バランスを取る慎重な外交が必要で、残念ながらウクライナ政府は、ある時からアメリカとヨーロッパと共に対立に突き進み、いつ戦争になるか、という状態を続けてしまった。ロシアが最悪なのは当然ですが、背後で動くアメリカもヨーロッパも最悪で、ウクライナの市民が気の毒でならない。戦争で人命が死ぬ正義を取るのなら、日本も北方領土はロシアに不法に占拠されていますので、戦争しなければならなくなる。でも日本は人命を優先するので、領土は外交で取り戻そうとしています。

 パレスチナ問題も、あるジャーナリストの見解では、イスラエル沖に海底ガス田があって、ヨーロッパとパイプラインを作るプロジェクトがある。その際にハマスが邪魔なのだろうと。ヨーロッパはガスが欲しいからイスラエルの行動に反対しないし、アメリカはここにも利権をもっているそうです。戦争の背後には、軍需産業の利権だけでなく、だいたいパイプラインを含むエネルギー利権がある。メディアはそこに焦点を当てるべきです。いかに戦争が本当は味気なく、無残な理由で行われているかが分かり、興醒めするでしょう。

 ──作中に「生物の中で同種を殺す戦争をするのは、人間とチンパンジーだけ」とありました。現実でも『イスラエルのユダヤ人、8割が「ガザの人の苦しみを考慮する必要なし」』(朝日新聞デジタル 2023/12/20掲載)と報道されるなど、まさに同じ現象が起こっています。

 なぜ社会がこうなのかを考えた時、動物的な情念(感情)に行き着きました。作中で書いたことですが、研究によると、共感は人間だけでなく、哺乳類に広くみられる動物的な感情だそうです。そして「内集団バイアス」といって、自身の民族やグループに向きやすい。保守的な本能は差別したり民族を守ろうとする傾向があり、戦争に向かいやすいのです。

 いわゆるリベラル的な、他民族や他国との共生は、本能ではなく理性に基づくため容易ではありません。人を戦争で熱くさせるほうが容易く、その熱を止めるのは、動物的な情念の逆ですから大変難しいのです。

 当事者同士は、大切な人が殺されているのだから、感情的になるのは当然です。だから周囲ができるだけ冷静にならなければ、いつまでも戦争は止められず、さらに人が死ぬことになる。なぜリベラルは負けるのか、みたいな言説がよくありますが、それは基本的に人間が保守的にできているからです。多くの生物の研究者たちは、動物は基本的に保守的といいます。だからリベラル側は、粘り強くならなければ。

 ──日本の課題を教えてください。

 政治が変わると社会は良くなると思います。国のトップがめちゃくちゃだと、社会全体がダメになると安倍さんの10年間でよく分かりました。もし野党が政権をとっても、問題はたくさん起こるでしょうが、少なくとも彼らは現与党より国民の思いを聞くでしょう。そこでしっかり監視して、その都度国民が文句を言って政治を育てていくようにする。そうすれば政治に緊張が生まれ、少しずつ政治がよくなれば社会は当然変わります。

 それとアメリカの戦争にいかに巻き込まれないかが、今後の日本の課題でしょうね。 このまま政治が変わらなければ、日本に残されているのは運しかない。アメリカ次第で日本の未来が変わるのを危惧しています。近年のアメリカは自国の兵を使わず、他国の兵を使い背後で戦争をする傾向にあるので。今の自民党はアメリカに反発する気持ちはないし、国民も「考えたくない」と思っている。僕が46年間生きてきて、日本は今が一番自律を失い、他律になっているので非常に怖いと感じています。

 ──どうしたら、日本の民主主義を自分たちの手で改善できるでしょうか。

 YouTubeである若者が「自分は政治的信条とかないかもな。自分で精いっぱいで考えられない」と発言しているのを見て、責められないと思いました。実際精いっぱいだし、しょうがないと思う。しかし、このような人々が変わらない限り、日本は変わりません。メディアが精いっぱいの人々にも目に付くように、きちんと常に真実を伝える必要があります。まずメディアが委縮と忖度をやめるべきです。

 選挙に行かない人へのロジックについても考えています。フランスのルソーは民主主義について、自分だけでなく他者にとっても現状がどうかを考えるのが重要で、これがないと民主主義が機能しないと指摘しています。つまり、自分が良くても、他の人にとってはどうなのか? を考えるのが民主主義の本質です。言い方を変えると、選挙に行かないということは、自分は他者のことを考えない人間だと宣言するのに等しい。優しい人も、そんなつもりは全くないだろうけど、結果的にそうなってしまう。だから行きましょうと話したら、少しは考えてもらえるんじゃないかと思うんです。

(聞き手=白井杏奈/日刊ゲンダイ)

▽なかむら・ふみのり 1977年愛知県生まれ。福島大学卒業。2002年『』で新潮新人賞を受賞しデビュー。04年『遮光』で野間文芸新人賞、05年『土の中の子供』で芥川賞、10年『掏摸<スリ>』で大江健三郎賞を受賞。『掏摸<スリ>』の英訳が米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」で2012年の年間ベスト10小説に選ばれる。14年、米国のDavid L. Goodis賞を受賞。16年『私の消滅』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など。他の著書に『何もかも憂鬱な夜に』『去年の冬、きみと別れ』『教団X』『あなたが消えた夜に』『R帝国』『カード師』など多数。エッセイ集に『自由思考』、対談集に『自由対談』がある。

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