中日
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中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上
メジャーリーグのFA選手137人に入っているオリオールズの菅野智之(36)が、23日に東京ドームで行われた巨人・長野の引退セレモニーに、サプライズで駆け付けた。 その菅野は移籍1年目の今季、先発として30試合に登板し、10勝...
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99年シーズン途中で極度の不振…典型的ゴマすりコーチとの闘争
「星野仙一監督はユニホームを脱ぐと優しい」 以前、この連載でそう書いたが、ユニホームという「戦闘服」を着ればやはり闘将に戻る。 リーグ優勝を果たした1999年は開幕から破竹の11連勝。このまま突っ走ると思ったが、夏場に...
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後輩の福留孝介から教わったプラス思考 弱音を吐かず、絶対に「できない」とも言わない
1997、98年の2年間は思うような成績を挙げられずにいた。97年はたった19本塁打。98年も「合格ライン」にしていた30本には及ばず、27本止まり。チームも優勝を逃した。 「この合格ライン自体、自分が超一流でない」 ...
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星野監督と1週間連続の晩飯ざんまい…ハワイ自主トレ中に突然、「星野ですう~」
福留孝介とハワイ・オアフ島で自主トレをしていた2001年1月のある朝、部屋の電話に叩き起こされた。 「おはよう」 「え、誰?」 そう返すと、「分からないんですか?」と急に敬語になった。 「分からん。誰?」 ...
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中日ドラ1新人金丸夢斗は年俸大幅アップでもウカウカできず…来季バンテリンD「テラス弾」増の危機
援護射撃は増えるが、敵の砲撃も激しさを増す。 昨18日、中日のドラ1ルーキー、金丸夢斗(22)が契約更改を行い、900万円アップの年俸2500万円に一発サイン。満面の笑みを見せ、「(来季は)2ケタ勝利が目標。2ケタはかっこい...
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中日・細川成也が現役ドラフト選手初の“大台”突破 評論家は「年俸2億円」にも太鼓判!
確かに夢はある。 17日、中日の細川成也(27)が契約更改し、3800万円増の年俸1億3000万円でサインした。2022年のオフにDeNAから加入して3年目。現役ドラフトで移籍した選手としては初の1億円プレーヤーとなり、「崖...
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福留孝介は星野監督にも臆さなかった…「遊んでる」と思われがちなハワイ合宿の全貌
2001年1月はハワイでの自主トレを計画していた。後輩の落合英二、種田仁、小山伸一郎、プロ2年目を終えたばかりの福留孝介も連れていく予定だった。 が、それを知った星野仙一監督は、「何!? ハワイなんか行っとる場合か! 全員伊...
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福留孝介の飽くなき向上心…首位打者を取っても「物足りない。3割5分は打ちたい」
「武司さんの記録を抜きたい」 これは中日のチームメートだった福留孝介の言葉。記録とは現役最年長記録のことだ。 孝介は俺と同じ45歳のシーズンにユニホームを脱いだが、練習嫌いの俺とは違ってめちゃくちゃ練習をするストイック...
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球団代表の温情がうれしかった1997年オフの契約更改…ドーム移転で成績下落、チームは最下位に沈んだ
1997年、中日はナゴヤ球場からナゴヤドームの本拠地移転で苦戦を強いられた。結局、チームの調子は上向かないまま最下位でシーズン終了。星野監督も大荒れで、新しくできたばかりのナゴヤドームの選手食堂で、窓ガラスを蹴飛ばし、割ったこともあ...
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“文春砲”で不倫バレ柳裕也の中日残留に飛び交う憶測…巨人はソフトB有原まで逃しFA戦線いきなり2敗
「(FA権を)行使せず、来年からもドラゴンズで頑張ります。毎日悩んで考えが変わったりしたが、最終的にはこういう判断になりました」 中日の柳裕也(31)が11日、FA権を行使せず、残留することを明かした。 球団からは宣言...
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外国人審判を大豊泰昭さんが突き飛ばし…星野監督“出動”で「未経験の恐怖」を与えた舞台裏
1997年は俺にとってもチームにとっても試練の年だった。自身の打撃不振に加え、ナゴヤ球場からナゴヤドームへの本拠地移転。球場全体が広くなった影響で、打撃成績はからっきしだった。 広くなったのに、なぜかヤジはしっかり聞こえた。...
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「もう野球やめたる!」…俺は高卒1年目の森野将彦に“泣かされた”
1996年に本塁打王を獲得。オフはプロ野球人生で初めて、「キング」として見られる日々が続いた。地方遠征の試合に行けば、学生やアルバイトの子たちが興味本位でバッティング練習をのぞきに来た。 「しっかりやらなあかんな……」と思いを...
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高畠導宏さんにはとてもお世話になった。絶不調の俺に手を差し伸べてくれた名伯楽
1996年に「本塁打王」の称号を手にした後、大きなプレッシャーと不安に襲われていた。タイトルを取ったシーズンは終盤の9月から打撃が絶不調。翌97年の春季キャンプになっても調子が回復する兆しはまったくなかった。 出口の見えない...
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中日・根尾昂が正真正銘の崖っぷち…8年目の来季へ200万円減の1050万円で契約更改
昨季は「勝負の年」、今季は「背水」と言われたが、ならば来季は……。 プロ7年目のシーズンを終えた中日の根尾昂(25)が4日、契約更改を行い、200万円減の1050万円でサインをした。 今季は4試合にリリーフ登板し、勝...
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本塁打王を取ったオフ、年を越したら得体の知れない不安と重圧に襲われた
1996年オフの契約更改は年俸1億2000万円でサイン。バラ色のオフを迎えた俺は、名古屋に加えて東京のテレビ局に引っ張りダコの日々だった。 「プロ野球選手というのは、活躍してスターになったら積極的にメディアに出ていくべきだ」 ...
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「1億円プレーヤー」になって買ったご褒美…巨人・松井秀喜に競り勝ち本塁打王、バラ色のオフだった
1996年はバラ色のオフが待っていた。39本塁打でタイトルを獲得。それまで年俸が安かった分、成績かお金かとなれば、やっぱり生活的なものが優先。「もっと稼ぎたい」という気持ちが強かった。 前年の年俸は3000万円。そこから4倍...
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あれっ、俺のバットが…減量成功で体のキレが増してもイマイチ調子が上がらなかったワケ
1996年、39本塁打でプロ入り初のタイトルを獲得した。この称号を手にするまで、最後の最後にスッタモンダがあったことは前回書いたが、実はこのシーズンだけ、これまでとは違ったところがあった。 打者の生命線、バットだ。この年、沖...
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バスタオル一枚の星野監督は鬼の形相でダッシュ、そのまま俺は飛び蹴りを食らった
1996年、プロ入りして初めて、タイトル争いをした。本塁打王を射程圏に捉えたシーズン終盤、ある騒動が勃発した。 タイトル争いは巨人の松井秀喜、大豊泰昭さん、俺の三つ巴。俺が39本、松井が38本、大豊さんが37本とした10月8...
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ゴジラ松井との本塁打王争いのうれしい悩み…スポーツ紙の中身が気になりすぎて毎朝4時には目が覚めた
好調をキープしていた1996年、本塁打のタイトルを意識するようになったのは、球宴明けの8月に入ってからだった。 同僚の大豊泰昭さんが春先からキングを独走。俺は前年、16本塁打だったこともあり、「今年は背番号(22)くらい打て...
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星野監督&張本勲さんからの助言に共通した「もっと自分を疑え」。だから俺は調子が良いときでも…
1996年5月1日、巨人のガルベスとの大立ち回りをして一躍話題になったものの、なかなかレギュラーに定着できなかった。 左打ちの愛甲猛さん(95年オフにロッテから無償トレードで移籍)との併用が続き、相手投手の左右や相性でスタメ...
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星野監督時代は「陣形」が存在、いまでは考えられない乱闘の内幕
ここ最近、乱闘はめったに見られなくなった。WBCなどの国際大会が増え、球団の垣根を越えて同じユニホームを着る機会が多くなった。ベース上で敵同士が仲良く話す光景も珍しくない。 オフになれば、違う球団の選手たちが集まって自主トレ...
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「ガルベスと牛乳で仲直りしよう」…大豊泰昭さんの提案を断固拒否してそれっきり
1996年5月1日、巨人戦で勃発したガルベスとの大乱闘で試合は32分の中断。俺とガルベスは仲良く退場となった。 当時、俺の考えの根底には「外国人に日本の野球をナメられたくない」という強い思いがあった。プロの世界で多くの外国人...
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俺と巨人ガルベスの大乱闘の一部始終…落合博満さんのヘッドロックには気を失いかけた
令和になって乱闘は「天然記念物」になった。ただ、俺らの現役時代、特に星野仙一監督時代は日常茶飯事だった。 今でも「乱闘といえば」といって話題にあがるのが、1996年5月1日の巨人戦。ナゴヤ球場で起きた俺とガルベスによる大立ち...
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まさかの故障で失意の最中「お前はラッキー」…トシさんの言葉がなければ今の俺はいない
1996年の開幕前、脇腹を痛めて絶体絶命だった俺は10日間、まったく練習せず球場にも行かない「超安静」を決断した。 オープン戦が終わってトーナメントリーグ(※)が始まっても、家でボーッとする日々に不安が募った。前年の95年、...
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バンテリンD「ホームランウイング」が井上中日にもたらす大誤算… ギャオス内藤氏「かえって裏目の危険」
「来年は90周年の節目であり、ぜひとも優勝を勝ち取ってほしいところです」 6日、中日の大島宇一郎オーナーがこう言った。就任1年目の今季、4位に終わった井上一樹監督のオーナー報告を受け、来季の優勝を厳命。井上監督は「みんながスタ...
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星野監督の意外な優しさに驚いた。開幕直前「脇腹痛でバットを振れない」と報告したら…
1995年オフ、星野仙一監督の指令で、22キロの大減量に成功した。春季キャンプの初日に星野監督の前で体重計に乗り、88キロで計量をパス。無事に2月1日のキャンプインを迎えることができた。 2カ月間の過酷な減量の反動で、キャン...
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そうだ、風邪をひけばいいんだ!減量に行き詰まった末、裸同然で極寒の庭へ飛び出した
1995年の秋季キャンプ終盤、星野仙一監督から20キロの減量を命じられた。走り込み、サウナ、食事制限と過酷なメニューをこなし、15キロ減。2月1日の春季キャンプインまで2週間を切り、あと5キロが遠かった。 そんな中、「迷案」...
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中日・松山晋也が侍J守護神に浮上!抜群の安定感、骨折で1カ月離脱しても46Sの仰天
巨人のライデル・マルティネス(28)と中日の松山晋也(25)が、今季46セーブでタイトルを分け合った。松山は初、マルティネスは3度目となる。 マルティネスは前日9月30日の中日戦で、移籍後初の八回のマウンドに上がり、巨人では...
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カムバック星野監督の“2カ月20kg”の無茶ぶりに「嫌です」なんて言えるはずもなく…
「今何キロあるんや?」 1995年オフ、5年ぶりに星野仙一監督が復帰した。2度目の就任だ。秋季キャンプ終盤、監督室に呼び出されるなり、こう聞かれた。 俺が「110キロくらいです」と答えると、監督は「そうか。じゃあ20や...
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星野監督の退任にガッツポーズも…あまりに早すぎる星野監督の現場復帰に頭を抱えた
これまで星野仙一監督の型破りな言動を書いてきたが、俺も破天荒にならなければ、ここまで生き残ることはできなかったかもしれない。 俺が一軍に定着できたのは1995年の9年目。これだけの遅咲きで、8年間も二軍におったら普通はクビに...
