片岡健
著者のコラム一覧
片岡健ノンフィクションライター

出版社リミアンドテッド代表。著作に、「平成監獄面会記」、同書が塚原洋一氏によりコミカライズされた「「マンガ 獄中面会物語」」(共に笠倉出版社)など。

和歌山毒カレー事件 林真須美[後編]面会室で見せた「夫婦漫才」

公開日: 更新日:

 和歌山カレー事件の林真須美死刑囚と人生の多くを共有してきた夫の健治さん。かつて真須美死刑囚と共に「疑惑の夫婦」と呼ばれたが……。

〈主人に毎日1時間でも歩くことか、自転車こぎするよういってね〉

 2007年9月上旬、大阪拘置所の林真須美死刑囚から届いた手紙には、16歳年上の夫へのそんな伝言がつづられていた。和歌山で一人暮らしをする夫の健治さんはもともと足が悪く、当時すでに還暦を過ぎていた。真須美死刑囚はその健康を気づかっているわけだ。

〈主人に、手紙全く出せてないのですが、私は知ってのとおり、マイペースで元気とよろしくね〉

 このほのかな愛がにじむ文章を目にし、私は複雑な思いになった。真須美死刑囚と健治さんは、裁判上は殺人未遂事件の「加害者」と「被害者」の関係だからだ。

 真須美死刑囚は1998年7月、和歌山市の夏祭りでカレーに猛毒のヒ素を入れ、4人を殺害、63人をヒ素中毒に陥らせた罪に問われ、2009年に死刑が確定した。しかし本人は一貫して無実を訴えているうえ、証拠は乏しく犯行の動機も特定されていないため、冤罪を疑う声は少なくない。

 一方、真須美死刑囚は事件前、夫の健治さんと共に保険金詐欺を繰り返した揚げ句、共犯者である健治さんや知人男性にも保険金目当てにヒ素を飲ませていたという殺人未遂の容疑でも有罪が確定している。

 真須美死刑囚はこの件についても、「夫と知人男性は保険金詐欺をするため、自らヒ素を飲んでいた」と冤罪を訴えているが、この主張も年々少しずつネット上などで広まっている。「被害者」であるはずの健治さんが法廷の内外で真須美死刑囚の主張に沿う証言をし続けているからだ。

「ヒ素は耳かき一杯の量で死ぬ猛毒や。真須美がわしを殺そうとヒ素を盛ったら、わしは確実に死んでるわ。わしは自分で死なない程度にヒ素を飲んでいたから、今生きてるんや」

 私が初めて健治さんからそう聞いたのは15年余り前だが、自然な語り口がもたらす説得力に感心させられたのを今もよく覚えている。「保険金詐欺では全部で8億円稼いだが、大半は競輪で使った」とか「子供たちが本物の1万円札でママゴト遊びをしていた」とか、健治さんの話は破天荒だが、リアリティーに富んでいた。

大阪拘置所で

 真須美死刑囚が裁判中だった頃、私は健治さんと一緒に大阪拘置所まで面会に訪ねたことがある。冬の寒い日だったが、面会室で夫婦が交わした会話は今も忘れがたい。
健治「差し入れ屋からカイロ差し入れたろと思うたんやけど、どえらいボッタクリやな。うちの近くのスーパーの3倍の値段やで」
真須美「せやろ。拘置所が業者からリベートを取ってるんやで!」

 夫婦はカレー事件の後、保険金詐欺で得た金をすべて失っていた。それにしても、久々に会ってカイロの値段を話題にするかな……と思ったが、立ち会いの屈強そうな刑務官も夫婦の会話をニコニコしながら聞いていた。健治さんは「タダで夫婦漫才が見れて、喜んでたんやろ」と言っていたが、あの刑務官にもこの夫婦が、殺人未遂事件の「加害者」と「被害者」には見えなかったはずだ。

 あれから13年。真須美死刑囚は死刑の確定以来、親族や弁護人など一部の者以外とは面会を許されない状態が続く。この間、健治さんも脳内出血で倒れて左半身が麻痺し、車椅子の生活となり、妻の面会にはなかなか訪ねられていない。ただ先日、健治さんの自宅を訪ねたら、「真須美から送られてきたんや」と「いわしで健康」というレトルト食品を見せられた。

「差し入れ屋で買ったみたいやな。封筒にぎょうさん切手を貼って送ってきたで。『これ食べて元気出せ』ということみたいや」

 この夫婦が裁判で加害者と被害者とされ続けていることが、私には不思議でならない。 

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