「Back to the Wild」柏倉陽介著

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「Back to the Wild」柏倉陽介著

 日本の国土の約1.9倍もの広さがあるボルネオ島の豊かな森は、かつて生き物たちの楽園だったが、今その姿を急速に変えつつある。木が切り倒され、森だった場所にパーム油をとるためのアブラヤシ農園が次々と作られているのだ。

 農園に紛れ込んだゾウがワナにかかり足首がえぐれるほどのケガを負うなど、野生動物たちとのトラブルも多発。島固有の動物たちが減少し、絶滅の危険が追っている。

 ボルネオ島とスマトラ島にしか生息しないオランウータンも例外ではない。

 ボルネオ島サバ州にある野生動物の保護施設セピロク・オランウータン・リハビリテーションセンターには、すむ場所を追われ、母親とはぐれたり、目の前で母親を殺され保護されたオランウータンの孤児が保護されている。

 母親から森の中で生きる術を学べなかった孤児は、この施設でおよそ10年の歳月をかけてトレーニングを受け、森へと返される。そんな幼いオランウータンたちの姿を撮影した写真集だ。

 頭からつま先までタオルをかぶり、虚空を見つめているオランウータンのこども(表紙)。柔らかい頭の毛があちらこちらにはねて、まるで風呂上がりの幼児のようだが、実は何かに包まれていないと不安で仕方がないからタオルにくるまっているのだという。

「さびしい、かなしい、お母さんに会いたい」……著者は言葉を話さなくても孤児の言いたいことが分かるようだったという。

 冷たい診察台の上で健康診断を受けているときも、慣れないシャワーをされているときも、なされるがままの孤児の無垢の瞳の奥に不安が宿っている。

 そんな収容されたばかりのチビオランウータンを、ちょっと高いところから少し先輩のオランウータンが様子をうかがうように眺めている。

 やがてチビたちに試練が訪れる。

 外に連れ出されたチビたちは、来る日も来る日も木と木の間に張られたロープを伝って移動する練習をさせられる。それがどんな意味があるかも知らずに。

 普段は優しい人間の「母親」も、このときばかりは少し厳しくなる。

 やがて高いところも自由自在に過ごせるようになったオランウータンは、施設に併設された森の奥で、より野生に近い環境の中で過ごし、木の枝や葉っぱを使ってベッドを作ったり、より高い木を登ったり、雨をしのいだり、ここで大人になる練習を繰り返す。

 しかし、中には森の中でもまだタオルが手放せないオランウータンもいる。

 オランウータンは「森の住人」と呼ばれるが、成長して大人に近づいた若いオランウータンたちは、その呼称の通り、思慮深い瞳をしている。森に帰る日が近づいているのかもしれない。

 しかし、野生の世界に戻れるときが来ても、森の消失が激しく、彼らが生き延びる可能性は少ないのが現実だという。

(エイアンドエフ 1980円)

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