温厚な王貞治さんが異例の“鉄拳制裁” クソガキだった堀内恒夫が1メートル以上吹っ飛んだ
日本刀を使って紙を切る練習は「斜め上から振り下ろさないと紙は切れない」と部屋で一心不乱に振り続けた。王さんの練習を目の当たりにした者は、いつの間にかみんな正座になっていた。新人だった私は「ここまでするのか」と王さんからプロの厳しさを学んだのだった。
V9元年の65年、後にエースになる堀内恒夫がドラフト1位指名され甲府商から入団してきた。腕の振りが速く、直球がめっぽう速い。ドロップといわれるカーブはブレーキがきいていた。フィールディングや牽制もうまく、野球センスの塊のような男だった。半面、コントロールが悪く、いつストライクが入るか分からないという荒れ球タイプだから、余計に打者は打ちにくかっただろう。実力は折り紙付きなのに「悪太郎」の異名通り、寮生活、遠征先で門限破りを繰り返す“問題児”だった。当時、門限を破ると1回10万円程度の高額な罰金が科されていた。しかも2度目は倍に跳ね上がるから20万円。それでも懲りない堀内は夜遊びを繰り返し、罰金が給料の手取り額を超えてしまったこともあった。
堀内の扱いが手に負えなくなった川上監督はONを「堀内教育係」という名の「説教係」に任命した。一本足打法で目覚めた王さん自身も、入団当初は寮長が手を焼いた「やんちゃ坊主」だった。普段は温厚な王さんだが、怒ると怖かった。


















