阪神時代に星野仙一監督が「お茶会」を開いたワケ 単にマスコミを接待するためではありません
春のキャンプがスタートする直前、星野監督は「マスコミと毎日、朝食会をやります」と言う。中日監督時代から続けていた、いわゆる「お茶会」を阪神でもやることから手を打ったのです。私もこの「お茶会」に参加しました。会は監督の独壇場。野球の話から、政治経済、社会、芸能などあらゆる話題に花が咲きます。明大時代の寮生活を振り返り、「島岡(吉郎)さん(明大監督=当時)が来ると、足音でわかるんや」などと言って、記者たちを笑わせたこともありました。
「お茶会」は単にマスコミを接待するものではありません。「星野の野球」を理解してもらうのが主な目的。采配や選手起用だけでなく、たとえ星野監督の作戦が失敗に終わったとしても、「筋の通った作戦なら仕方ない」とマスコミに理解してもらうことが大事でした。
星野監督とマスコミとの間に円滑なコミュニケーションができたからでしょうか。マスコミから「星野叩き」をされることはありませんでした。02年はチームが開幕から快進撃を続けていたものの、矢野ら主力選手にケガ人が続出。8月の「死のロード」を5勝10敗1分けと大きく負け越すなどもあって、ズルズルと4位に転落しました。


















