アジア大会32年ぶり日本開催で盛り上がる名古屋は、PR大展開で「世界的知名度の低さ」脱却なるか…思い出される1988年の屈辱
国内でのイメージも芳しくない。ちょっと古いが、名古屋市が2016年に行った都市ブランド・イメージ調査では、東京23区、横浜、札幌、京都、大阪、神戸、福岡などと比較して、名古屋は「買い物や遊びで訪問したい都市」で最下位、「最も魅力に欠ける都市」でトップという不名誉な結果に終わった。2018年の調査でも、「最も魅力に欠ける都市」で1位だった。街の知名度&好感度アップは喫緊の課題なのだ。
■2005年愛知万博以来のビッグイベント
それゆえに今回のアジア大会は知名度アップの絶好のチャンスだが、国際的なスポーツイベントを巡っては忘れられない過去がある。それは1988年の夏季五輪招致だ。前出の記者が当時の状況を振り返る。
「名古屋は1988年大会の開催地に立候補し、一時は本命視されていました。ところが、最終投票でソウルとの一騎打ちになると、事前の予想に反して52票対27票で敗れ、開催地はソウルに決まりました。
理由としては、東京五輪が1964年、札幌五輪が1972年にあったため“また日本か”というイメージを持たれたこと、韓国が南北分断下での開催の意義を説いたこと、名古屋の招致運動が一枚岩ではなかったことなど、複数の要因が指摘されましたが、いずれにせよ名古屋は国際都市として羽ばたく千載一遇のチャンスを逃しました。あまりに大差だったため、“もう1度”という機運も盛り上がらず、五輪招致から撤退しました」

















