「やまと錦」村木嵐著
幕藩体制が瓦解し、明治新政府が立ったとき、この国の最大の問題は法体制が整っていないことだった。欧米列強から不平等な条約を強いられ、世情は動揺していた。不満を抱えた藩士たちは闇討ちを繰り返し、国民は不安と貧困に喘いでいる。必要なのは、日本という国の形を定め、すべての法の上に君臨する法、つまり「憲法」である。このとてつもない難業に精魂込めて取り組んだのが、井上多久馬(のちに毅)である。2500年以上続く天皇制の上に、列強に屈しない近代国家を築く憲法草案を起こした彼の生涯を描く。
読み進めると、今にも通ずる憲法の屋台骨を建てるために、想像を絶する労苦と緻密な配慮があったのだとわかる。憲法に基づいて政治が行われる立憲主義を貫き、政府と議会と裁判所の三権分立の原理を巧みに織り込んで、おのおのの暴走を抑制するはずだったのだが……。
タイトル「やまと錦」に込められた井上の思いを知れば、今なお続く改憲論争を違う角度で見つめることができるはずだ。(光文社 1600円+税)