ホロコーストがからむ不思議な物語世界
「幽霊ピアニスト事件」フレドゥン・キアンプール著、酒寄進一訳 創元推理文庫/1160円+税
幽霊が主人公の音楽小説というと、なにやらコミカルな感じがしないでもないが、本書の背景には、第2次世界大戦中のホロコーストがあり、音楽という芸術が有している本質的な問題にも言及している、なかなかにハードな作品である。
【あらすじ】時は1999年、ドイツ北部・ハノーバーのカフェでアルトゥア・ゴルトシュテルンは突然覚醒した。アルトゥアは50年前に29歳で亡くなったピアニストだが、なぜかこの世界に蘇ったのだ。
途方に暮れつつも、できることといえば、ピアノを弾いて自分を売り込むことだと思い、ホテルのロビーでショパンを弾いてみる。するとひとりの若者が近づいてきた。近くにある音楽大学の学生ベックだ。アルトゥアの古風な奏法に引かれたのだという。アルトゥアは思い切って、自分は50年前に死んだ人間だとベックに打ち明けると、彼は驚く様子もなく、逆に、行くところがないのなら自分たちの寮に来ないかと誘ってきた。
こうして古風な舞踏会ドレスをいつも着ている少女や霊感のある双子の姉妹たちとの奇妙な生活が始まるが、ある日、アルトゥアが心引かれていた女子学生がピアノの演奏中に殺される。この事件は、どうやらアルトゥアがこの世に召還されたことと関係があるらしい――。
【読みどころ】第2次大戦中のフランスで、ユダヤ人であるアルトゥアはナチスの手から逃げることができたが、逃亡中、ある事件が起こる。それはアルトゥアにとって深い悔恨を残すものであった。アルトゥアの過去の苦い思い出と、ホロコースト以後の音楽がはらむ問題とが絡み合いながら、不思議な物語世界がつくられていく。著者の両親はペルシャ人とドイツ人で、現役のピアニストでもある。
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