《芸能界ってなぜ『在日』を隠すの?》…中村ゆりさんがルーツを胸に「負けん気」を貫いた44年の生涯
「最後まで弱音1つはかず、思いやりに溢れ、誰にも優しく強く美しい本当に素晴らしいゆりは愛する家族と親友たちに看取られて逝きました」
直腸がんのため、9月1日に44歳で急逝した女優中村ゆりさんの訃報を受け、芸能界から追悼の声が相次いでいる。冒頭は中村さんの幼馴染で、高校生デュオ「YURIMARI」として、1998年2月にシングル「スーパースター☆ハムスター」で中村さんとデビューしたMARIの追悼コメント。
「中村さんは父親が在日韓国人3世、母親が韓国生まれ。自身は韓国籍で、本名は成友理(ソン・ウリ)。中村友理を通名として、日本で生まれ育ちましたが、国籍は韓国のままでした。その人生は「負けん気」と「女優魂」で貫かれた、静かで強い生き様だったと思います」
とは、中村さんを知る芸能関係者。
「物心つく前に両親が離婚し、母親と兄との暮らし。中学2年の頃、母子家庭で奮闘する母を助けたい一心で『ASAYAN』オーディションを内緒で受けて合格。それで上京し、芸能界に掛けたものの、『YURIMARI』は約1年半で解散してしまう。その後3年間、アルバイトなどでの下積み生活を経て、2007年、井筒和幸監督『パッチギ! LOVE&PEACE』ヒロインを自らの手でつかんだんです。ルーツを隠さず、厳しい『井筒学校』で初日から怒鳴られっぱなし、『プロだったら泣けよ』と追い詰められながらも食らいつき、その根性で運命を切り開いていった。公開後、自ら在日であることを明かし『出身を隠すつもりはないけど、わざわざ『在日です』と主張することもない』と語った生き様は、ルーツを静かに受け止める彼女らしいものでした」(同)


















