働くのは認知症患者 カフェレストランとパン工場を訪ねて
認知症だからという理由で居場所をなくしてしまう人は多いが、ここでは違う。お客さんのために料理をして、接客をこなし、給料をもらう。時折見せる笑顔は自信に満ちている。認知症患者が働く異色のカフェレストラン「かめキッチン」(神奈川県藤沢市鵠沼海岸、運営=NPO法人・シニアライフセラピー研究所)を訪ねてみた。
昨年6月にオープンし、認知症患者たちが毎日、調理(仕入れ担当は健常者)から接客まで行う特異なレストランだ。自分の生年月日が思い出せない軽度から、徘徊や介護なしで生活が営めない重度に近い患者たちがリハビリを兼ねて働いている。
「登録者数は約30人。60代から最高年齢が90歳を越える人もおります。開店から1年が経過しましたが、大きなトラブルはまだ起きておりません」
こう語るのは、主宰者であるNPO法人の木村由香・広報開発部部長だ。
「かめキッチン」に隣接してパン工場「パン遊房亀吉」もあり、ここでは認知症患者10人ほどが毎日、700個のパンを焼いていた。素材にこだわり、国産小麦粉(北海道の江別製粉)、アンは北海道十勝地区の小倉アン、パンを焼く窯は「溶岩石窯」という本格的なパン工場だ。
アンパン(50円)、亀吉食パン(250円)、かつサンド(300円)、レーズン食パン(350円)など、全部で30種類。焼き上がったパンはトレーで、隣接の「かめキッチン」に運ばれ、入り口に設置されている棚の販売コーナーに並べられる。手で触れるとアンパンは、まだホカホカだ。
近所の住民や、評判を聞きつけた客が遠方からも買いにきて、5個、10個単位でバッグに入れている。
「ほぼ毎日の完売です。一昨年暮れ、ふるさと納税のパン部門では、全国ランキング1位を獲得しました」(木村さん)
工場内の見学は食品衛生上、入室禁止で、入り口のドアから顔だけ入れて、のぞかせてもらった。職員は揃いの帽子に、白の作業衣。小麦を練り、パンにアンを入れ、窯で焼く。会話は少なく静かに続く。
認知症患者のほかに、工場にはボランティアやNPO法人のスタッフも参加していた。全国からの見学者も絶えない。
「工場で働く認知症患者さんを見ていただくために、工場をガラス張りにしようかと考えました。見積もりを取ったところ、金額が1000万円で、まだ、その余裕がありません」(同NPO法人・鈴木しげ理事長)
もちろん「かめキッチン」で好きなパンを選択して、テーブルで食べてもいい。レストランは4、5人掛けのテーブルが並び40~50人は優に入れる広さだ。
客から認知症患者の調理する姿を見てもらうために、店内とキッチンの境は低く設計されている。認知症の父や母が調理するのを見て、驚く家族も多いという。
「『おじいちゃんすごい! かっこいい』と声を上げるお孫さんもいます」(木村さん)