シリーズ 保阪メモ「昭和史余話」(16)駐米日本大使館の館員は誰一人、真珠湾攻撃を知らなかった
野村吉三郎大使が個人的に秘書を雇用して、その業務を担当させたという事実は、これまで述べてきたように野村を支える体制が大使館内部で出来上がっていなかったためである。保阪メモの第50項(なぜ大使が個人秘書を雇って用いなければならなかったか)の答えは、その点に尽きるということになる。…
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