「時代を借りて、人間て本当はこうありたいよねということを書きたい」──「四十年目の春」麻宮好氏
「四十年目の春」麻宮好氏
群馬県で生まれ育った時代小説作家が、記憶に刻まれた故郷の四季を背景に、ある夫婦の波乱に満ちた40年を描いた。
寛政12(1800)年、桜がほころぶ春の上州。平侍の四男で10歳の清四郎は、婿養子にと望まれ、生家を離れる。養子先は藩の農政を担う郡奉行の家。願ってもない幸運なのだが、清四郎は心もとない。養父母に〈娘です〉と引き合わされた佳乃は2つ年上で、五尺六、七寸(170センチ前後)もある大女。まさかこの女子が自分の伴侶? 嫌だ。
「ちょっとヘタレな男の子が、強い奥さんに出会って頑張っていく物語にしたいな、と思いました。『かかあ天下と空っ風』といいますが、上州の女性は強い、というより働き者だったんです。養蚕が盛んでしたから、蚕育てから糸繰り、織りまで、女性の活躍の場が多く、稼ぐ女性がたくさんいたようです。上州だったら、佳乃のような女性もいたのではないか、と」
佳乃は毎日、薙刀の素振りを欠かさない。蛇を素手でつかんで清四郎を驚かせる。12歳にして家を背負う覚悟を持っている。桜の青葉が茂るころ、皓々と輝く月の下で、佳乃は将来の婿殿に言う。
〈私がおまえ様を立派なお奉行様にして差し上げます〉
大きくて強いけれど乙女心ものぞかせる佳乃と、小柄でひ弱だが真面目に頑張る清四郎。一見不釣り合いなカップルが、なんともほほ笑ましい。
そんな2人の上に季節はめぐり、十余年が過ぎた。清四郎は男になり、夫になり、父親になって、日々お役目に励んでいる。まめに田畑を見回るうちに見事に日に焼け、頼れる婿殿になっていた。
「自分で選んだ道ではないけれど、清四郎は与えられた場所で精いっぱい生きていきます。彼の一番の美徳は素直なこと。人の言うことをちゃんと聞けるから、奥さんともうまくいくし、息子たちとも話ができる。最終的に仕事も評価されます。素直で一生懸命な人には、手を差し伸べたくなるじゃないですか。素直さって、大事ですよね」
とはいえ、人生は平坦ではない。清四郎と家族をさまざまな困難が襲う。実兄の不祥事、藩内の政争、大雨や凶作、百姓との対立。岐路に立つたびに、佳乃は夫を勇気づけ、背中を押す。
〈おまえ様が正しいと思う方にお決めなさればよいのです〉
登場人物たちが交わす言葉には思いがこもっていて、誹謗中傷が飛び交う現代の言語空間とは別世界。
「時代小説は大人のファンタジーだと思っています。現代の制約を取り払って自由に書ける。そういう伸びやかさが好きです。現実には清四郎のようにはなかなか生きられません。だから時代を借りて、人間て本当はこうありたいよね、ということを書きたいんです」
季節が幾度もめぐり、清四郎は念願の郡奉行になった。役目に邁進して五十路を迎えるころ、佳乃に異変が。またも人生の岐路に立ったとき、ともに歩んだ歳月が蘇る。
そして40年目の春。桜が舞う夕闇のなか、妻が胸の奥に大事にしまっていた秘密が明かされる。そうだったのか……。
お互いを深く思い合う夫婦。江戸のファンタジーから現実に戻っても、優しくあたたかい余韻が残る。
(祥伝社 2200円)
▽麻宮好(あさみや・こう)群馬県生まれ。津田塾大学卒。2020年、日本おいしい小説大賞の応募作「月のスープのつくりかた」を改稿してデビュー。22年、「恩送り 泥濘の十手」で警察小説新人賞、25年に「お内儀さんこそ、心に鬼を飼ってます おけいの戯作手帖」で日本歴史時代作家協会賞「文庫書き下ろし新人賞」を受賞。著書に「月のうらがわ」「龍ノ眼」ほか多数。



















