「文士の遺言」半藤一利著
永井荷風は日本にいながら日本からの〈亡命者〉であり続けた。太平洋戦争が始まったころ、他の作家は真珠湾攻撃の勝利に興奮していたが、荷風はひとり興奮せず、日記「断腸亭日乗」で冷静に世の中を観察していた。著者はそれを「グラグラと沸騰する鍋の底にゴロンと転がる石」と評する。さらに著者は、荷風がごくごくご機嫌な時は「日乗」にそっと月を出すことに気づく。
B29による空襲がひどかった時期は、月はまったく出てこないのに、終戦後は「……深夜月佳なり」(八月十九日)のようにやたらと月が出てくるという。(「漂泊の達人、永井荷風」)
薫陶を受けた作家との日々の回想記。読み手としての著者の眼光の鋭さと深さに脱帽する一冊。(講談社 1600円+税)