萩本欽一〈37〉長嶋茂雄さんにほだされ、王貞治さんに背中を押され、野村克也さんにブツブツ言われて…
「俺でもなんかできますかって言いたくなっちゃったんだよ」
萩本「5時間どころじゃないでしょ。Jリーグがやっぱり脅威でね、『子供がサッカー行っちゃう』と。『サッカーはボールひとつでいいのよ。蹴るだけなんだ。野球はね、バット買わなきゃいけない。グローブも高えんだ』とかね。『ちきしょう。みんなにバットとグローブ送ってあげたいよ』なんて言いながら。それとね、やっぱり子供たちにね、グラウンドがなさすぎだよ」
増田「そうですね」
萩本「俺たちの時代はグラウンドなくても原っぱでやったよね。ああいう環境がなさすぎだよとか言ってさ、長嶋さん熱いね、あの気持ちね。聞いてるうち、俺でもなんかできますかって言いたくなっちゃったんだよ」
増田「7時間、8時間ぐらいずっと」
萩本「そう」
増田「すごい情熱ですよね」
萩本「ええ。これは、ゴールデンゴールズをつくったあとのことだけど、ゴールデンゴールズとプロ野球の二軍で試合をしたい、盛り上がるんじゃないかと思って、スポーツ紙の人に聞いたの。『どうしたらいいですか』って。そしたら『やりたいんだったら、まずは王さんとこ行ったらいい。王さんはOK、OKみんなやんなって絶対言う人だから』って。それで王さんとこ行って『そういうのをプロでやるっていうのはいかがでしょうか?』って聞いたら『大いにやんなさい』って」
増田「へえ。ほんとに鷹揚な方ですね」
萩本「そうそう。あとは、ブツブツ言うから、ノムさんとこ行った方がいいって。野村克也さんね。ノムさんとこにも行って。ノムさん、『なんだおまえ野球やんのか? 金かかるぞ』とか言いつつ、『それでもやらなきゃいかんな』って言ってくれた」
(つづく=火・木曜公開)
▽はぎもと・きんいち 1941年、東京都生まれ。高校卒業後、浅草での修行を経て、66年にコント55号を結成。故・坂上二郎さんとのコンビで一世を風靡した。その後、タレント、司会者としてテレビ界を席巻し、80年代には週3本の冠番組の視聴率がすべて30%を超え、「視聴率100%男」の異名をとった。社会人野球「茨城ゴールデンゴールズ」の初代監督、2015年には73歳で駒澤大学仏教学部に入学するなど挑戦を続け、25年10月にスタートしたBS日テレ「9階のハギモトさん!」は今年4月からSEASON3に突入した。
▽ますだ・としなり 1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。



















