(18)談志が唯一「兄さん」と呼んだ色川武大は、落語家・立川談志に対する注意深い観察者でもあった
落語立川流はひとまず軌道に乗り始めた。しかし、談志は心の支えだった色川武大を失う。
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立川流創設と同時に、談志は各界から大物顧問を招いた。それは立川流の箔付けにもなったが、なにより談志が心置きなく話せる相手が顧問たちだった。とりわけ、戦前戦後の演…
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