劇団青年劇場代表・福島明夫氏「演劇は決して不要不急ではない 配信ではなく生で見るもの」

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福島明夫(劇団青年劇場代表)

 新型コロナウイルスの影響はあらゆる業界に及んでいる。中でも舞台や映画、ライブなどへの打撃は大きい。それらのジャンルは「人が多数集まる」ことで成り立っているからだ。演劇は特に「生」であることが必須要件。昨年から続くコロナ禍に対処するため映画、演劇、ライブハウスの3団体が手を取り合って結成した「We Need Culture」や演劇緊急支援プロジェクトで積極的に活動してるのが劇団青年劇場の代表だ。日本劇団協議会の専務理事でもある。コロナ禍における演劇分野の現状と今後の展望について聞いてみた。

■劇団も俳優も収入が激減

 ――昨年から緊急事態宣言が4回にわたって発令され、そのたびに演劇界は公演中止、延期などで大きな打撃を受けていますが、その影響は?

「文化芸術推進フォーラム」(舞台芸術、音楽、映画など文化芸術に関わる芸術関係団体で構成)の調査によれば、コロナ禍による各分野の事業収入の減少率は2019年と20年を比較した場合、劇団事業は約50%の収益減となっています。青年劇場もほぼ同じ状況でした。俳優など個人でも収入は68%に落ち込んでいます。

 新劇団の年間活動は地方公演と学校公演で支えられていますが、青年劇場も緊急事態宣言が発令されて学校公演はほぼ全面中止。ただ、演劇観賞団体が例会を続けてくれたおかげで損失は最小限に抑えられました。全国の観賞会では年間6本のうち、中止や延期になったのは2本ほどで抑えられたのでまだ良かったのですが、東京公演は何ともならなかったのです。緊急事態宣言下では国と都のガイドラインで収容率を50%以下にしなければならないんですが、コロナ感染に不安を抱く人々が増えればその50%も埋まらないのです。公演が経済的に成り立つのは入場率70~80%といわれていますから最初から赤字覚悟になります。

 ――ガイドラインの特例による混乱もあったそうですね。

 すでにチケットを販売済みの場合はこの「50%縛り」から除外されて100%売り切ってもいいんです。ですから、同じ時期に劇場によっては50%と100%が混在している場合もあります。「あそこの劇場は座席が1つ置きだったけど、あっちでは隣同士密だった」ということになったりしました。

 さらに時期によって無観客要請など公演中止を余儀なくされた劇団もあって、まるでロシアンルーレットのようになったのです。客席制限で生じた赤字をどうするか。しわ寄せはスタッフの報酬や役者のギャラにはね返ってくる場合もあると思います。公演が中止になった場合は音響・照明など外部スタッフに泣いてもらう場合もあるでしょう。

 ――当初の文化庁の支援策は、文化芸術団体が積極的に実施する公演などに対する支援や文化施設の新たな活動に向けた環境整備に必要な経費などの支援に限られていましたが、これは有効だったのでしょうか。

 20年度第1次補正予算の目玉は家計支援のために国民1人当たり一律10万円を配布する特別定額給付金でしたよね。

 国は文化芸術に対しても継続支援事業として第2次補正予算で560億円という予算を組みました。でも、政府が「中止になった公演などについては補填・補償はしない」ことを基本方針としたので、「新たな活動に向けた環境整備に必要な経費」ということに限られていました。

 しかも申請はデジタル庁設立をにらんだかのように電子申請ですから、IT慣れしていない人にとっては申請自体が非常に複雑でハードルが高かった。公演がなくなって収入が途絶え、生活に困っている劇団員やフリーランスの演劇人に「パソコンや演劇活動に必要な機材を購入したらその何割か助成する」と言われても現実的ではないと受け止められたのです。

 ――第3次補正予算では「ARTS for the future!」(約250億円)が組まれたわけですが、これについてはいかがでしょう?

 新たな任意団体でも申請可ということで、応募が殺到したのですが半数が不採択という結果になりました。不採択の理由も不明瞭で困惑が広がっていますが、枠組みとしてはそのまま2次募集が現在行われています。これは定額助成なのですが、その事業規模で上限が決められていて、ほとんどの劇団は600万円、活発な活動をしているところで1000万円でしかありません。また「J-LODlive」という、公演を延期・中止した主催事業者に対し、今後実施するライブ公演の開催と動画の制作・配信の費用の一部を補助する経産省の事業もあります(現在も申請受け付け中)。コロナ禍に対して海外発信施策を応用した形ですが、これもかなり活用されています。ただ、今年度は新しい施策はなく昨年度の積み残しを実施しているだけです。

演劇は社会の未来を探る最も安い実験装置

 ――今回のコロナ禍で改めて文化芸術の社会的役割が問われたわけですが、演劇は「不要不急」なものという考え方をする人もいます。

 欧米では文化芸術は公共のものとされ、教育や福祉、医療と同様、公的制度で支えるべきだという考えが根付いています。その点、日本では芸術文化に対する理解・認知がまだまだ低いですね。テレビで、お笑い芸人が「好きでやってることだから国に補償してもらうのはお門違い」と言ったりする芸術観ですよね。

 ドイツのモニカ・グリュッタース文化相は「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と言いましたし、作家のスティーブン・キングは「芸術家を役立たずだと思うなら、コロナ禍での隔離生活を、音楽も、本も、詩も、映画も、絵画もない状態で過ごしてみるといい」と言いました。演出家の鵜山仁氏と築地小劇場について話した時に、「演劇って、人間にとって社会の未来を探る最も安い実験装置」だったんじゃないかと思いついたんです。ギリシャ悲劇にしてもシェークスピアにしても、フィクションを通して明日も含めた未来を見通すための実験装置ではないかと。だったらもっと投資すべきでは、と。

 ――ポストコロナの演劇はどうなるのか。

 昨年はコロナによって演劇も新しい生活様式に沿ったものに変化するべきという意見が盛んに聞かれました。ライブでの映像配信がそれに代わるというものでしたが、1年たってみてやはり演劇は生で見るもので、映像は全く異なる芸術だと思うに至りました。観客が目の前にいることで俳優は刺激を受け、演技に反映する。舞台の半分は観客がつくるのが演劇であることを改めて思い知った気がします。

 ――今後の助成問題はどうすればいいのか。

 飲食店もそうですが、コロナ禍で生じた減収、減益に対して国が一定の補償をするのが世界標準。この1年半、私たちには補償も感染防止協力金もなかったのです。それに加えて無観客要請という実質公演中止要請もありました。稽古を積み重ねて、さあ本番という時に公演中止となったり、公演しても生まれる膨大な赤字とか、このままでは演劇に見切りをつける俳優、スタッフも出てくるでしょう。それは文化の裾野を狭めることであり、日本の芸術文化の衰退を招くことになると思います。現状では感染を拡大させない、誰もが医療を受けられることが最優先ですが、そのためにも芸術文化に携わる人々への明確な指針が必要です。今、政府がやるべきことは、俳優、スタッフ個々に対して失った収入を一定程度補填する給付金であり、芸術団体が継続できる事業規模に応じた支援です。先行きがますます不透明なだけに、この点についての理解を広げる活動が大切だと思っています。

(聞き手=山田勝仁)

▽福島明夫(ふくしま・あきお)1953年、東京生まれ。東大法学部卒業後、77年、秋田雨雀・土方与志記念青年劇場入団。以降、青年劇場での演劇制作に一貫して従事。97年から同劇団代表。2007年から(公社)日本劇団協議会専務理事。14年から(公社)日本芸能実演家団体協議会常務理事。そのほかに日本新劇製作者協会理事を務める。コロナ禍を受けて演劇関連団体に呼びかけ、20年に32団体による演劇緊急支援プロジェクトを結成。その中心的役割を果たしている。

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