馬場典子アナの「人生の転機」は日テレ入社7年目“福澤一座”の旗揚げ公演の初舞台
馬場典子(フリーアナウンサー/52歳)
日本テレビ時代に「お嫁さんにしたい女子アナ№1」に輝いた馬場典子さんは2014年にフリーに転身し、情報番組やバラエティー番組などで活躍している。人生の転機となった出来事は、日テレ時代に先輩の福澤朗が主宰する劇団の舞台に立ったこと。アナウンサーとして成長するきっかけにもなったという。
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みなさんも日本テレビを退社してフリーで活躍している福澤朗さんをご存じかと思います。福澤さんは演劇集団「円」の研究生だったこともあり、「アナウンサーも表現者」と考えている方です。日テレ開局50周年の記念事業のために2004年に福澤一座を結成し、04年と05年に舞台公演をやりました。旗揚げ公演の04年は「進め!ニホンゴ警備隊」、05年は「DrTV 汐留テレビ緊急救命室」です。
福澤さんとは、たまたま同じ日に同じ舞台を見に行った帰り、役者のみなさんとの2次会で一緒になりました。その頃、他局はアナウンサーが朗読劇とかやっているけど、日テレはやっていないので「記念事業の企画があるのでアナウンス部で何かやりませんか」と話をしました。そして演劇集団キャラメルボックスにも協力してもらい、舞台「進め!ニホンゴ警備隊」をやることになったんです。
もっとも、私は日テレアナの魅力を知ってほしいと思っていたので、衣装や大道具でサポートするつもりでいました。ところが、福澤さんは「あなたも出なきゃダメだ」と言ってくださって、初めて舞台に立つことに。新宿シアターアプルという劇場でした。
■足の裏から頭のてっぺんに向かって温かい何かに満たされた
その初舞台の初日で忘れられない瞬間がありました。舞台袖で出番を待つ間は不安で仕方がなかったのに、いざステージに出て行った瞬間、足の裏から頭のてっぺんに向かって温かい何かで満たされていく感覚がしました。細胞のすべてにエネルギーがチャージされるような。エネルギーをくれたのは多分、お客さまだと思うのですが、不思議と心が落ち着き、「うまく演じられたかはわからないけど、大丈夫」と力が湧いてきたことに驚きました。
私は、昨年亡くなった同期の菅谷大介さんと夫婦の役で、言葉を失った子供が言葉を取り戻したことを電話で報告するシーンがありました。この時に、照明が暗くて近くの観客の顔がうっすら見える程度だったのですが、鼻をすすっている音が聞こえてきました。涙をぬぐう様子まで感じられて、「ちゃんと伝わっているんだ」と安心することができました。
アナウンサーは人前に出ることに慣れていると思われがちですが、実際にはカメラのレンズに向かって目の前にいない視聴者に届けていることが多い。そんな私にとって舞台に立ったのは貴重な経験でした。リアルに目の前に人がいると、より緊張もするけど、気持ちやエネルギーの交流が何よりも力を与えてくれることを体感しました。
あの時は入社7年目の1月だったのですが、もともと私はアナウンスはまったく未経験のまま入社したので、ひどい状態だった。入社後はずっと研修していたいと思っていたくらいです。とくにナレーションには苦手意識がありました。ところが、舞台の後にナレーションをした時、それまでと同じようにやったつもりなのですが、ディレクターから「うまくなったな」と言われたんです。そのディレクターは舞台も見てくれていて、「あれを経験したからだろうね」「情感が出てるね」と褒めてくれました。


















