(2)「おニャン子クラブ」の二の舞いを回避した「順位付け」という競争原理はグループを飛躍的に活性化させた
■歌も踊りも向上することがなかった「おニャン子」
「素人集団であるのが売りだったが、歌も踊りも向上することがなくマンネリが目立ち、瞬く間に飽きられた」とフジテレビ関係者。「早く独り立ちを目指す子がいる一方、大半の子は目標を失っていた。メンバー同士が互いに切磋琢磨する環境をつくれなかった制作サイドの責任」と振り返る。
おニャン子の失敗を身をもって体験した秋元はAKB48ではメンバーを徹底的に競わせることにした。2005年12月にスタートしたAKB48は当初、1軍.2軍制を導入する予定だった。メンバー48人を1軍24人と2軍24人に振り分け、ファン投票によって入れ替えていくというもの。東京・秋葉原のドン・キホーテの8階を改装して設けたステージに立てるのは1軍だけ。2軍はステージ横にあるカフェでファンたちにアピールして1軍を目指す。
だが、この構想はすぐに立ち消えに。代わりにチーム制が導入されることになった。第1期オーディションの合格者をチームA、第2期をチームK、第3期をチームBという編成にした。


















