著者のコラム一覧
井上理津子ノンフィクションライター

1955年、奈良県生まれ。「さいごの色街 飛田」「葬送の仕事師たち」といった性や死がテーマのノンフィクションのほか、日刊ゲンダイ連載から「すごい古書店 変な図書館」も。近著に「絶滅危惧個人商店」「師弟百景」。

盛林堂書房(西荻窪)「面陳列をしないのは、1冊でも多く棚に差したいから」

公開日: 更新日:

 店頭のウインドーに目を奪われた。江戸川乱歩「蜘蛛男」、内田百閒「王様の背中」など戦前の箱入り本がずらり。装丁の一部が光を受け、ガラス1枚を隔てて、知らない時代への入り口が開いているかのようだ。

 約10坪。両側の壁と、中央に本棚がある、オーソドックスな配列だ。単行本も文庫も背表紙を見せてぎっしり収まっている。

「面陳列をしないのは、1冊でも多く棚に差したいから。店内在庫? 1万2000~1万3000冊です」と、店主の小野純一さん。

 棚から1冊を抜き、元に戻そうとして、ん? どの本も棚の縁から「指の関節1つ分」だけ前に出ている。

「お客さんが触ると位置がズレる。手に取られたのに売れなければ、値段や置き場所を考えるきっかけになります」

 初代店主の祖父、源三郎さんが修業した池袋の高野書店から伝わるアナログ・マーケティングを踏襲しているそうだ。創業は1949年。山岳書専門店として知られ、井伏鱒二、小沼丹、松本清張、安部公房ら中央線沿線の文士たちも訪れた。特に親しかった開高健は海外取材に出る前には「おじさん、行ってくるね」、帰国すると「帰ってきたよ」と顔を出した。

探偵小説とSFの絶版文庫ほか岩波文庫やちくま文庫の翻訳文学も豊富

 2004年、源三郎さんが急逝。小野さんが23歳で店を継いだ。「いつやめてもいい」気持ちからの転機は、横溝正史の角川文庫。おどろおどろしく、格好いい表紙との出会いだった。

「同じタイトルでも、版によって表紙が違う面白さに引き込まれたんです」

 以来、古書の世界とずぶずぶ。自分が好きな探偵小説、SF、文学、絶版文庫などへ品揃えを転換。毎週約300冊を入れ替える。

 岩波文庫やちくま文庫の翻訳文学も豊富。よく売れるのが、リチャード・ブローティガンとチャールズ・ブコウスキー。探偵小説とSFの絶版文庫も半端なく揃い、北海道や大阪から来るお客もいるとは。

 取材中、何度「へ~」と言ったことか。さらに、小野さんが「書肆盛林堂」として約120冊を出版してきたと聞き、私の「へ~」がひときわ大きくなる。中でも力を注ぐのが、戦争で早世した探偵作家・大阪圭吉の研究と復刻。遺族を訪ね、原稿や創作ノートを整理。昨年は東京古書会館で記念展も開いた。「多くの人に知ってもらいたい」と、じんわり熱い言葉を受け、「大阪圭吉単行本未収録作品集 再編集版 降鼻術」を買い、帰りの車中で読み始めたら、面白いのなんのって。

◆杉並区西荻南2-23-12/JR中央線・総武線西荻窪駅南口から徒歩3分/℡03.3333.6582/午前11時~午後6時30分、月曜、第2・第4木曜休み

ウチの推し本

「吸血鬼」江戸川乱歩著 博文館 古本売値44万円

「昭和6年刊行の初版本で、箱入り。美人画で知られる岩田専太郎が装丁と挿画を手掛けています。美女・畑柳倭文子をつけ狙う怪人と、名探偵・明智小五郎の対決を描いた長編で、少年探偵団シリーズでお馴染みの小林少年が初めて登場する作品なんです。やがて戦争が近づくと、検閲などによって文章に手が加えられるので、この初版本は、当時の“エログロナンセンス”の色合いを知る資料としても貴重です」

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