教育も医療も「既製品」しか認められない…日本社会は「普通」を求めている?
私立高校の授業料が補助されています。東京都の私立高校の場合、「平均」の授業料までは、親に金銭が支払われるということです。その額は50万1000円。
「教育」の世界では、とにかく「平均」「一般的に妥当と認められる」などの価値観が押し付けられている気がします。つまり、お上は「変わった教育はするんじゃねえぞ! 平均的なごく普通の、誰もが“まあ、そんなもんだろうなぁ”でやるんだぞ!」と命じているように感じられます。
国籍、出自を問わず、ユニークな環境で有能な子どもの才能を無限に伸ばす!みたいなことをやってはいけないのでしょうか?
ならば、医療制度と同じです。日本の医療制度は、保険が相当額を賄ってくれる素晴らしい制度ですが、医療内容については「既製品」しか認められていません。「既製品」以外の医療は、事実上、行えません。逆に言うと、認められている部分については「なんぼでもやったれ! 儲かるがな!」ということになります。
「γ-グロブリン1本5万5000円! 1日2本まで、3日投与認められてんのん!? ほな33万円、いてまえ!」てな具合です。


















